2019年9月18日
私は、休日のみではありますが、軽いジョギングをしています。約5 kmを30分程度で走り、その後、10-15分程度ウォーキングしています。気休め程度の距離と時間ですが、体と心の健康のためです。自宅近くを走ることもありますが、自宅から20 km離れたところにある実家近く(海辺)を走ることもあります。先日は久しぶりに実家近くの「きらら博记念公园(山口市)」を走りました。海辺の干拓地にある公園でトリムコースもあり、ジョギングにはとてもよい環境です。最近は毎年、大きな「夏フェス」が開催されることで有名です。
きらら博记念公园(山口市)
さて、若いころは感じなかったのですが、年を取るにしたがって自分の体に「异変」を感じることがあります。これは「若いころは异変がなかったから感じなかった」のではなく、若いころの异変は成长の証としてポジティブに受け止めるので、気にならなかったといった方がよいのでしょうか。年を取っていくにしたがって异変をネガティブに受け止めるケースが増え、人はそれが気になるのでしょう。とはいっても「异変」でしょうから、体调管理や健康维持の観点では気にした方がよいのでしょうね。私は基本的に小心者なので、何かの异変を感じると「何か病気の初期症状でないか」と心配になります。ネットで调べたり、たまに医师に相谈したりして、大事でないことを知り、安心することも多いです。
异変に気づくこと、いろいろなところで大切ですね。灾害が起こる前兆、製造现场における何らかの异変、飞行机、自动车、电车、船等の走行中の异変、それらに気づくことは大きな被害や事故を防ぐことにつながります。自然科学の研究でも异変に気づくことはとても大切です。例えば、予想通りの実験结果や観测结果が得られた际も、详细を解析してみるとそこには「异変」が含まれ、そこから新しい発见に至ることもあるかもしれません。実际に私の过去の経験では、学生さんが実験结果の异変に気づき、研究が思わぬ方向に展开したことがあります。もっとも気づいた学生本人にとっては「异変」ではなく、他の多くの実験结果同様、単に新しい実験结果だったようです。先入観をもたずに结果を眺めた结果、そのことに気がつくに至ったわけです。
というわけで、自分の体の异変にはあまり気づきたくないものですが、自然の异変、身の回りの异変、(研究を含め)仕事の过程での异変には気づいた方がよいようです。
话はかわりますが、次の画像は「竹のコースター」です。昨年、きらら博记念公园では「山口ゆめ花博」が开催され、そこで竹のコースターが设置されました。连日顺番待ちの行列ができるほど大好评でした。その竹のコースターが1年ぶりに期间限定で復活するようです。すでに完成间近でした。おそらく1年前にはいろいろな不具合も见つかったことでしょう。この度はそれが修正され、より进化しているに违いありません。理学部の若手の先生方、大学院生と県からの依頼で少しだけお手伝いしたのを思い出します。(竹のコースターの走行速度は、自分たちが当初考えていたことではなく别のことが大きく支配していることが后でわかり、ばつが悪い思いをしたのも思い出します。)
1年ぶりに復活した竹のコースター