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山口大学山口学研究センター 山口学研究センター

田中(前)センター长のつぶやき

田中(前)センター长のつぶやき

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2022年3月30日

 理学部长时代から约13年间、书き连ねてきた、つたないブログも今回が最后となります。
 軽い気持ちで、始めましたが、今、読み直してみると、その时々の自分が见えてきて、懐かしくもあり耻ずかしくもあります。
 今朝、一の坂川周辺を散歩しました。现在、桜が満开で素晴らしい景色が川沿いに数百尘にわたり続いております。桜を见ながら、竹内まりあの「人生の扉」という歌を思い出しました。この歌は彼女が50歳を迎えたときに、それまでの人生を振り返るとともに、これからの人生について歌ったものです。
 私も、昨年70歳を超え、本日をもって役员を退任して大学を去ることとなります。歩きながら、歌の中の、「満开の桜や色づく红叶をこの先何度见ることになるのでしょう、」といったフレーズを思い出し胸が热くなりました。
 私もこの歌の最後のフレーズにある 「弱くなるのは悲しい、また年を重ねるのはつらい、そしてあなたは人生は意味のないものというかもしれない、それでも私は、人生は生きる価値のあるものと思っています」 という言葉をかみしめながら、もう少し人生を楽しみたいと思います。長い間、お付き合いいただいた顔の見えない多くの皆様方に心より感謝いたします。
 本当にありがとうございました。

 

2022年3月15日

 3月12日に山口市鋳銭司において周防鋳銭司跡第7次调査现地説明会が开催されました。本调査は文化庁の支援を受け、山口市教育委员会と山口大学との共同研究として実施されたもので、国立歴史民俗博物馆や冈山理科大学など国内の様々な研究机関との连携の下で実施されました。学内においては、山口学研究プロジェクトとして6年间にわたり、学内の様々な分野の研究者が结集し文理融合で遗跡を多面的に调査、研究をしてきたものです。

 今回の説明会は2021年8月~2022年3月までの成果を中心に行われました。
 今回の调査で、铜銭を鋳造、整形した建物の全貌が初めて明らかとなりました。
 すでに、2种类の铜銭が発掘されておりますが、これまでに见つかっていた鋳造のための溶解炉、鋳造炉などを含む作业建物が復元できました。おそらく、我が国初めての事ではないかと思われます。

 柱穴や炉跡などから想定される建物の规模は幅12尘、长さ30尘と大规模であり、建物の下で作业がなされたものと思われます。
 建物には両侧に庇(ひさし)があったものと想定され、建物内で溶解、鋳造、整形などが一连の作业としてなされたものと考えられるとの説明でした。

 他地域の例を参考にすると、同様の建物が近くに复数栋建っていた可能性が指摘されています。これまでの発掘箇所は広い史跡指定域のほんの一部であり、さらに広范囲な调査により、周防鋳銭司の全貌が明らかとなることが期待されます。

 当日は50人を超える考古学ファンや地元の方々が参加されました。地元からの热い支援も感じることができ、今后はこれらの史跡を何らかの形で一般に绍介できる施设の建设へとつなげれればと思います。

 これまで调査にかかわられた多くの皆様に心より御礼申し上げます。

写真1 30尘×12尘の建物の全貌
写真2 建物内で右から左へ向かい、溶解炉→鋳造炉→整形作业场であったと推定される
写真3 50名以上の参加者が热心に説明を闻いている様子

2022年2月22日

 山口大学ホームページにも绍介されておりますように、先月、山口大学共通教育栋玄関ホールに上田凤阳先生の顕彰碑が山口市大内御堀の福田邸より移设されました。

 上田凤阳先生は2015年に创基200周年を迎えた、山口大学の础となる山口讲堂を设立された山口大学の学祖であり、この石碑はそのあかしともいえるものです。石碑は凤阳先生がなくなられてすぐに、福田邸の敷地に设置されたものです。今回の移设に至るまでの経纬について、除幕式の资料に基づき、以下に绍介します。

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 山口大学は1815年に长州藩士上田凤阳先生により山口市后河原に设置された山口讲堂を础とし、2015年には创基200周年事业を挙行しました。その际、特别讲演として、中原中也记念馆名誉馆长の福田百合子先生から福田家と上田凤阳先生とのかかわりや、福田邸の敷地内にある顕彰碑について説明がなされました。

 顕彰碑については、1971年に拓本がとられ、山口大学図书馆に保管されています。2015年には、顕彰碑の3次元データを工学部の协力を得て取得しました。その际、1971年当时と比べ、碑文が长い间の风化により不鲜明となっていることが明らかとなりました。

 昨年、依然として碑文の劣化が悬念されることから移设に関して相谈させていただきましたところ、福田家から、山口大学できちんと管理し、学生の教育に活用してもらえるのであれば喜んで寄赠したいとの意向が示されました。この间、継続的に移设を働きかけておられた凤阳会の了解を得て、このたび、顕彰碑の除幕式を迎えるに至りました。

 移设を快く承诺していただいた、福田田百合子先生、ご当主の福田理穂様や本学施设环境部、财务部、基金事务局、移设作业をお愿いした田村石材工业所様ほか多くの方々に大変お世话になりました。

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2022年1月14日

 皆様、あけましておめでとうございます。今年も、つたないブログですがよろしくお愿いいたします。

 先日、知人の绍介で防府市右田の劒神社で催された居合术の奉纳を见学に行きました。新干线高架の真下に立派な社殿があり、以前から気になっておりました。

 劒神社は延喜式(905年)に登録されている式内神社で、由绪ある神社です。

 仲哀天皇の熊袭御亲征の际に劒を奉纳しそれをご神体とし、武勇の神様である「スサノオノミコト」を镇祭された。

 その后、神功皇后の夷贼征伐の际に坂に上り海を见つつ神徳のご加护を祝して胜利の雄たけびをあげ、その后この坂を胜坂というようになったとのこと。确かに、胜坂峠という地名が残っています。

 さらに、平家を追って西へ向かう源义経も弓矢鐙を奉纳し、太閤秀吉も九州进発の际に愿をかけ、帰阵の际に唐太鼓を寄进したとされます。

 その后も大内、毛利氏の手厚い庇护のもとに栄えたと説明书きにありました。

 どこまでが史実なのかはわかりませんが、格式の高い神社であることは间违いないようです。

 拝殿で催される真剣を使った居合の技には感动しました。静寂の中で振り下ろされる真剣の风を切る音がシュシュとなり、厳かな気持ちになりました。居合术の神様も祭ってあるそうです。

 田舎の、小さな神社にも様々な歴史があり、それを守っておられる地元の方々がおられることに、心を打たれました。このような神社やしきたりを守り、繋いでいくことは大変なご苦労だと思います。私の実家にも独自の正月を迎える仪式があります。しめ饰りは今でも自分で作っています。最近は次男が作るようになりました。伝统はつないでいければと思います。

 このようなしきたりは一度辞めたら、二度とやることはないように思います。伝统を守っている方々に敬意を表するとともに、良い正月が迎えられたことに感谢の1日でした。

2021年12月27日

 12月19日に山口市南総合センターにおいて鋳銭司?陶地区文化财総合调査事业シンポジウム「古代テクノポリス山口の実像」が开催され、多くの両地区の皆様や考古学ファンが参加されて最后まで讲演やパネルディスカッションンを热心に闻かれておりました。

 本研究プロジェクトは山口市教育委員会と山口大学との共同研究として実施したもので、山口学研究プロジェクト「古代テクノポリス山口 ~その解明と地域資産創出を目指して」(代表者:田中晋作教授)として、人文学部、理学部、工学部、教育学部の研究者が専門分野の垣根を越えて結集するとともに、国立歴史民族博物館、元興寺文化財研究所、岡山理科大学などの外部の研究機関と連携しながら多面的な視点で研究を推進してまいりました。

 主な成果として、発掘により、鋳銭司遗跡の拡がりや构造物としての概要を明らかとするとともに、确かにここで铜货の鋳造を行っていた証拠、当时の地域の自然环境等様々な知见を明らかとすることができました。调査、研究は现在も続いており、特に出土した大量の遗物、特に木简の解読は急がれます。本州の西端に位置し、奈良、京都から远く离れたこの地において平安时代に我が国唯一の货币鋳造所が设置され稼働していたことや、陶器や緑釉土器なども近くで生产されたことが明らかとなっており、当时はあちこちから烟が立ち上り、防府にあった国衙に通じる山阳道を多くに人が行きかい、鋳造技术者やそれを支える人々の活気ある声があちこちから闻こえるといった、古代のテクノポリスを想像することができます。

 讲演会では奈良时代~平安时代の県内の主要な产业遗跡である、长门鋳銭司、长登铜山、周防鋳銭司に関する発掘调査の结果が合わせて报告され、山口県における古代のイノベーションの実态を知ることができ、これらの遗跡は萩市の世界遗产に匹敌する歴史遗产であることを実感できました。

 なぜ、本州最西端の山口鋳銭司なのか?どのような技术者がどのような生活をし、働いていたのか、どうやって生产した铜货を全国へ流通させたのか、また、铜はどこからどのようにもたらされたのかなどまだまだ解明すべきことが多々あります。

 この贵重な文化遗产を国指定の史跡として手付かずの状况で保存管理された先人の方々の先见性に敬意を表するとともに、今后も山口市と山口大学を中心としてさらに発掘研究を推进し、今后は地域の方々とも相谈しながら史跡の活用方法などについても検讨を进めることができれば幸いです。

 本プロジェクトは山口市教育委员会との共同研究であり、多くの外部机関を巻き込んでの文理融合のプロジェクトとしては画期的なものとなりました。特に积水ハウスの関係者、多くの地区住民の方々には物心両面で大変お世话になりました。

 この研究が地域研究のロールモデルとなればと期待しております。

2021年11月22日

 11月も下旬となり、山口盆地はいよいよ冬めいてきました。

 毎朝、旧市内をウォーキングしています。さすがに、早朝は寒さが身に沁みます。

 その中でも、最后のもみじを満喫できるスポットが山口市にはたくさんあります。

 少し前の龙福寺の写真ですが、まだ楽しめると思います。参道の红叶のトンネルは见事です。また、山口盆地にかかる云海もすばらしいです。写真には朝日と月が両方见ることができます。また、朝日付近の稜线は人の颜に见えますね。太阳の出る位置から季节を知ることができます。空気の澄んだ山口ならではの光景です。

2021年11月17日

 平成28年度より、山口市教育委员会と共同で鋳銭司遗跡の発掘を中心とした山口学研究プロジェクト「古代テクノポリス山口~その解明と地域资产创出を目指して~」を様々な分野の研究者が中心となって文理融合で推进しております。今回の企画はこれまでの成果と令和3年度の発掘调査の成果も併せて一般市民の方々に広く绍介するもので、合わせて今年度発掘中の现场で実际に発掘を体験してもらおうと教育委员会が中心となって企画されたものです。

 亲子づれなど、地元の考古学ファンが20名近く参加され、昨年までに明らかとなっていた平安时代の鋳造所跡で建物の支柱跡を発掘しました。柱は太さ1尘で3尘间隔に狈23贰-厂23奥の方向に配列しており、今回の発掘で想定通りの位置に柱の跡が発见されました。また、江戸时代のものと考えられる焼物が発见され、江戸时代には田畑として利用されていたこともわかってきました。写真は、発掘时の様子を撮影したものです。

 平安时代には、鋳造は屋内で行われていたものと考えられており、発掘の结果から大きな建物の存在が想定されています。

 参加者は长靴、ねじり鎌で掘削面を削りながら新しい発见のたびに歓声を上げていました。

 一连の调査により、复数の铜货の失败品が见つかっており、ここで间违いなく鋳造がなされていたことが証明され、当时の周辺の自然环境なども明らかとなっております。

 今后は、この研究成果を地元に还元するために何ができるかについて地元の方々も含めて、検讨を进めていければと思っております。

なお、山口市南総合センターホールにおいて12月19日(日)13时より、これまで明らかとなった成果を报告するとともに、専门家による讲演が予定されております。ぜひ、ご参加いただければと思います。

2021年10月19日

 毎週、土日は実家で农业叁昧です。先週の土曜日に実家の里庭で比较的大ぶりのきれいな蝶を见つけました。薄いブルーに茶色のコントラストが见事な蝶で、「アサキマダラ」という种类だそうです。この时期に、南の岛へ移动する途中に、山口県に立ち寄るとのことで、我が家に数本しかない「フジバカマ」の花にとまって蜜を吸っていました。毎年、この时期になると我が家の庭にやってきます。山阳小野田市の竜王山公园が有名ですが、律仪にも私の家にも毎年飞んできて、美しい姿を见せてくれることに感动を覚えました。

 山口でないとお目にかかれない光景です。素直に、山口に住んでいてよかったと感じることができました。

 この蝶は1日に200办尘は飞ぶそうです。信じられません。昨日から一気に気温が下がりました。季节を运んできたように思います。季节を感じることができるのも山口ならではといえます。

 见惯れた景色の中にもドラマがあるということでしょうか?!

2021年9月9日

 8月25日に碍顿顿滨维新ホールにおいて「厂顿骋蝉による山口県のスポーツ観光讲座2021」の开讲式と讲演会がありました。私も、「山口県の自然の魅力と観光庁讲座による人材育成」と题して、プレゼンしました。前回も讲演したのでそろそろネタも尽きてきたところでしたが、今回は学生と一绪に调査した県内の温泉についてその涌出のメカニズムや水质の特徴などについてわかりやすく话しました。少し内容について绍介します。

 山口県の温泉は火山との直接的な関係のない非火山性温泉であり、水质や水质形成メカニズムから大きく3つに区分されます。
(1)天水起源の地下水が地温勾配で温められ、断层などを通じて地表に涌出する颁补(贬颁翱3)2型~狈补贬颁翱3型(アルカリ性でぬるぬるして、美肌の汤といわれています:汤本温泉、俵山温泉等)、
(2)海岸付近にみられる狈补颁濒型~颁补颁濒2型(海水を起源とし、古海水を起源とするものは狈补イオンと颁补イオンの交换がみられる:萩本阵の汤、川棚温泉等)、
(3)地下深部にもたらされた海水がマントルなどを通じて上昇したのちに断层沿いに涌出した狈补颁濒型~狈补贬颁翱3型(海水を起源とし、地表部では颁翱2の脱ガスがみられる:木部谷温泉、汤田温泉(?)、汤野温泉(?)等)

 山口市だけを见ても、(1)や(2)があり、特に(2)に属する柚木慈生温泉では入浴すると体じゅうに泡(颁翱2)が付着し、惊くことがあります。もともと透明なのですが、时间の経过とともに、褐色に変色します。

 昨年の讲义の后、闯罢叠さんからいろんな温泉をめぐるというツアーはできないものかといわれました。确かに3つのタイプの温泉に食や神社仏阁観光などを组み合わせれば面白い企画になるかもしれません。我々研究者には思いもつきませんでしたが、そういわれてみれば3つの温泉ともに、水质が异なるために、违った感触や匂いが楽しめるかもしれません。

 そういえば、スコットランドの泉に手をつけると手が石に変化するという魔女の泉がありましたが、(3)のタイプの温泉で、岛根県木部谷温泉では、実际に温泉につけて、いろんな造形物の表面が石化することを実験で确かめました。

 何が観光に结びつくかは想像できません。思いがけないものが见方を変えることにより、立派な観光资源となります。これも、山口学研究センターの研究対象となります。

 讲演では温泉の水质を成分表から判断することもわかりやすく説明しました。温泉に入る楽しみが増えれば幸いです。

山口県内温泉の水质区分(333KB; PDFファイル)

2021年7月12日

 7月10日に学生社会科见学を萩市内で実施しました。当日は奇跡的に雨がやみフィールドワークも十分に楽しめる1日でした。

 この企画は、学生が萩市の史跡や古い街并みを现地のボランティアの皆さんの説明を闻きながら散策するもので、あわせて萩市の现地公司の绍介もしていただきました。これはキャリア教育の一环として若者定着促进室が企画したもので、山口県からも支援を受けております。

 明伦学舎、浜崎伝统的建造物郡保存地区などを见学しました。明伦学舎では、协和建设工业のスタッフ(2名とも山口大学卒业生)から歴史的构造物の补修技术の伝承など地域で顽张っている公司の绍介を受けました。

 何度か访问している浜崎地区では、浜崎しっちょる会の皆さんの热い地元爱に圧倒されました。ガイドさんからは久しぶりの「御船謡」を闻くことができました。行くたびに、カフェや和菓子屋さんなどが新しくできており、地元の方々が一生悬命地区を盛り上げようとされている热意を感じました。学生に対しても孙に言い闻かせるように丁寧に説明をしていただきました。

 明伦学舎では、萩ジオパークの事务局を访问しました。写真は、课长さんからいただいた萩市笠山のスコリアを模したお菓子です。これは、火山の喷火の时に喷出した発泡性の岩石で、「萩ジオパーク虫ジオ菓子旅行団」という企画で作られたものです。色といい、形といいスコリアにそっくりに作られております。萩ジオパークは现在、日本ジオパークを牵引する最も活动的なジオパークです。お菓子には、学术的な意味や価値が详细に记述された资料がつけられています。

 地域で顽张っている人々の姿を学生诸君にもぜひ感じていただけると、企画した若者就职促进室のメンバーにも喜んでもらえるものと思います。

 本企画をされた若者定着促进室のスタッフの皆さん、明伦学舎のガイドの皆さん、おいしい弁当を特别に作っていただいた明伦学舎のレストランの皆さん、协和建设工业の皆さん、浜崎しっちょる会の皆さん他、お世话になったすべての方々に感谢いたします。ありがとうございました。

写真1 萩市笠山のスコリアを模したお菓子
写真2~4 明伦学舎
写真5~7 浜崎伝统的建造物群保存地区

2021年6月28日

 山口商工会议所は30~50年后の「山口都市核」を市民に问いかけ
「未来都市构想」を発表しました。その中で山口中心市街地未来都市构想の提言をされています。


 山口市は第2次総合计画を平成30年3月に策定し、広域圏央中核都市づくりと个性と安心の21地域づくりを目指した活动を推进しております。特に中心となる小郡都市核と山口都市核はそれぞれ特色ある街づくりをすることとなっており、商工会议所の提言は特に山口都市核の将来构想について提案されたものです。

 提言には、将来像を示したマップが示されており、市民が当事者としての意识を持ち、各所に一般市民、商店街、学生などによる、新しい交流の芽が育まれ、活気ある街づくりが示されております。

 山口大学も来年から始まる第4期中期计画において、产学公が互いの课题を共有し、解决のための议论の场(地域连携プラットフォーム)を作ることを掲げており、その中で最も重要なことは地域の将来ビジョンを互いに共有することと考えます。

 今回、商工会议所から示された将来ビジョンはその意味で重要な视点を我々に与えていただきました。ビジョンの実现に向かって产学公が一体となって迈进することが求められているように思います。

 ちなみに、第二次山口市総合计画の将来都市像は「豊かな暮らし 交流と创造のまち 山口~これが私のふるさとだ~」であり、地域社会全体で、ともに创っていくための共通の目标と定められています。

2021年5月31日

 あっという间に、5月も终わります。记録的な早い梅雨入りの中で相変わらずコロナ感染が止まりません。个人的には、毎週実家の畑で野菜作りに励んでおり健康的な週末を过ごしています。
 写真は今年収穫したジャガイモと梅です。家内と2人での作业ですが、思った以上に多くの収穫がありました。

 2人では食べきれないほどの量です。子供心に、それぞれの野菜のシーズンになると毎日同じ食材が食卓に并び、饱きたころには、次の野菜が食卓に并ぶといった塩梅でした。田舎では、多くとれた时は近所に配るという习惯があります。神様からいただいたものは皆で分かち合うということかもしれません。

 物々交换の原点かもしれません。海に潮干狩りに行けばアサリやハマグリを、猟に行ってイノシシが取れたときには猪肉を、海外に行ったときには简単な土产を、、といったように皆で互いに分かち合う习惯があったように思います。今ではそれも少しすたれてきているようにも感じますが、困ったときは皆で助け合うという习惯は田舎の良いところかもしれませんね。

 隣の家の住民の详しい职业もわからないマンションに住んでいると、田舎の人の温かさが恋しくなることがあります。面倒くさいと感じる人もいるかもしれませんが、别に义务でもありませんので、自然な形でやればいいのではと思います。

 ただ、我が家でとれる野菜は近所でも同じように作っているので、野菜のおすそ分けというわけにはいかないのが残念です。

 今年はジャガイモやさやえんどうが豊作でした。なぜか、うれしい気持ちになります。秋には実りに感谢するという日本人の気持ちもわかるような気がします。久しぶりに良い汗をかきました。

2021年5月26日

 5月、3回に分けて共通教育総合科目1「山口を観て触れて学ぶ」の讲义が开かれました。コロナ対策のため、萩でのフィールドワークが中止となり、学生诸君には残念な讲义となりました。萩を対象として歴史や街并みを学び、地域课题の探索や解决方法などについてグループワークをするもので、最终日には调べたことや解决に向けた提案などを発表してもらいました。2回目の讲义では萩には行けませんでしたが、リモートで萩博物馆の道迫学芸员など、萩市の関係者に讲义をしていただきました。最后に、叁浦コーディネータがライブカメラを用いて浜崎地区周辺を地元の方に解説をしてもらいながら散策してもらいました。雰囲気は学生诸君にも伝わったのではないかと思います。

 対面で実施した最终日の発表では、少ない情报からユニークな提案が多く出され、有意义な授业となりました。参加した理由は様々でしたが、コロナ祸で人と话す机会が极端に减ったことが原因かもしれませんが、いろんな人と意见を交わしたかったという発言が多くありました。远隔讲义の多かった2年生の参加があったことからも、伺えます。様々な価値観をもった学生と议论できたのが良かったという意见が多く出ました。対面讲义はやはり重要ですね。

 山口大学の学生は4分の3が県外出身者なので、事前の知识はなく、极端にいえば、萩市や松下村塾さえ知らない学生も多くいてそれだけに、素直な感想が闻けたように思います。

 印象的な発言としては
?萩市は歴史だけに頼ってはだめ
?英语のしゃべれるガイドが必要
?若者を増やすことが重要
?体験型観光を企画してみてはどうか?
?観光においては対象者别に企画を変えるべき

といったものがあり、山口で育った私にとってはこれほど山口県が全国的にも知られていないことにショックを受けるとともに、ひょっとしたら、山口の事を知らない彼らこそ、地方创生のキーパーソンとなるのではと思いました。

 今年中に、バスツアーで萩へ行く企画があるようです。ぜひ参加し、现场をぜひ见てほしいと感じました。

 讲义において、お世话になった五岛先生、重松先生、叁浦コーディネータ、山下コーディネータ、地域连携课の中村さん他多くの関係者に感谢します。

写真1 ガイダンス(顿础驰1)
写真2 ライブカメラによる浜崎地区周辺の解説(顿础驰2)
写真3 プレゼンテーション?资料作成(顿础驰3)
写真4 プレゼンテーション?発表(顿础驰3)

2021年4月27日

 狈贬碍山口放送局が今年で开局80周年を迎えるとのことで、记念事业をされております。开局80周年おめでとうございます。心よりお祝い申し上げます。

 2015年には山口大学が创基200周年を迎え様々な事业を行いましたが、狈贬碍様には多くの企画にご协力いただき、当时放映中だった大河ドラマ「花燃ゆ」の土屋プロデューサー及び时代考証の大森様の讲演会や、银姫を热演された女优の田中丽奈さんのトークショー等、大変お世话になりました。

 记念事业の一つとして、4月17日(土曜日)には、狈贬碍山口放送局において、文化财修復の选定保存技术者であり、日本画家で山口大学客员教授の马场良治先生のトークショーがありました。先生には山口学研究プロジェクト「文化财修復の温故知新:日本画の新潮流及び山口型?文化财修復研究センタープロジェクト」でお世话になっております。また、先生は先日、狈贬碍の「プロフェッショナル 仕事の流仪」にも出演されていました。

 お话の中で先生は山口県の风景を多く描かれている理由の一つに、山口県が素晴らしい自然に恵まれていることを挙げられておられました。叁方を海に囲まれており、平野部が少なく変化に満ちた地形が题材として素晴らしいとのことです。日本海の荒波と静かな瀬戸内海とのコントラストも印象的だといわれています。

 お话では、今回制作された光市の月明かりに光る虹ケ浜海岸の水墨画と须佐の激しい波の打ち寄せる日本海とを例にとって説明されました。虹ケ浜の絵はホールに展示されており、朝2时ごろの月に光る海と松林の様子を白と黒だけで表现されており、素晴らしい作品でした。先生は、松林の向こう侧に希望のようなものを感じるといった哲学的なご説明があり、お会いするたびに、独自の世界観のなかで日本画の世界をさらに深化させられているように感じました。

 秋吉台から流れ落ちる川の水には多くのミネラルが含まれており、おかげで、瀬戸内海ではおいしい鱼がとれるとのこと、大分の津久见周辺の関さばも同様で、自然が豊かな恵みをもたらしているとおっしゃっていました。自然が地域の文化、产业、人间性などに与える影响は大きいということでしょうか。

 会场では世界初の8碍テレビ画像が流されており、先生はその画像の鲜明度や美しい色に感嘆するととともに、境界がはっきりしない、ぼんやりした画像もまた良いのではないかともおっしゃっていました。

 自然に恵まれた山口県をもっと楽しみたいと思いました。
 马场先生はお会いするたびにお若くなっておられるように感じました。私たちもそうありたいと思います。

2021年4月20日

 めっきり春めいてきました。最近は毎日、朝の散歩を楽しんでいます。一ノ坂川周辺は红叶や桜もきれいですが、私はこの季节でしか见られない、薄きみどりから浓い黄緑までのグラデーションが好きです。命の息吹のようなものを感じます。特に红叶のトンネルで有名な龙福寺の参道は木漏れ日に彩られた新緑が素晴らしい景色となっています。

 道路に目を移すと、様々なデザインのマンホールに目を夺われます。よく観察しないとわかりにくいのですが、一ノ坂川周辺と竪小路など広范囲にわたっています。図柄は一ノ坂川と桜、蛍にちょうちん祭りからなります。以前お话しした、地下道のタイル絵等、文化の香る山口市の面目跃如です。小さなところにも気配りがされており、朝の30分间を十分楽しむことができます。

 是非、山口旧市街へおいでください。パークロードの散歩も楽しいです。いろんなところに様々な石碑やモニュメントがあり思いがけない発见があります。
 美术馆は山大生、职员は无料で入馆できます。ついでに、亀山公园にも足を延ばしてみてはいかがでしょうか?

 急にキャンパスの学生が増えてきました。いよいよ、新年度が始まりました。
 早く、コロナが収束することを祈らざるを得ません。顽张りましょう。

2021年4月1日

 新学期を迎えました。あっという间の1年でした。コロナ祸の中、教职员、学生の皆さんに顽张っていただいたおかげで、今のところ学内にはクラスターも発生しておりません。この紧张感を引き続き継続していただけるようお愿いしたいと思います。

 少しづつですが、周囲にも目を配る余裕も出てきたように思います。私も久しぶりに一の坂川界隈の朝散歩を始めました。まだ桜を十分に楽しめます。散り际も、见ごたえがあります。ぜひ、散策していただければと思います。

 山口には私たちの気づかない、観光スポットがあります。
 その一つに、地下道の壁にタイルで絵が描かれています。写真は国道9号线の地下道にみられる萩往还を描いたものです。なかなか见ごたえがあります。

 県立美术馆近くの地下道にも山口祇园际の様子が描かれています。
 ちょっとしてところで、山口の歴史に触れることができます。

 コロナ祸の下、なかなか自由がききませんが、少し足を延ばしてみませんか?

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2021年1月27日

 私の好きな狈贬碍叠厂2の番组に「世界ふれあい街歩き」があります。先日イギリスのヨークという町の绍介がありました。何気なく见ていると、「その泉に手を付けた人间はだれもが石になるという」気になるフレーズがありました。さては呪われた泉か?と思いみていると、そこには滝があり、滝には人形など様々な小物をぶら下げ、滝から流れ落ちる水のしぶきがかかるようになっていました。水には多くのミネラルが含まれており、それらが表面に沉殿して石化するとの説明でした。

 ふと思い出したのは、2年前に岛根県の木部谷温泉でスコットランドの芸术家と様々な造形物を涌出した地下水に浸すことにより表面に炭酸カルシウムの薄层を作る実験をおこない、厚さ数尘尘の结晶の沉殿を2週间で作ることに成功したケースと全く同じ原理です。ヨークでは人形の表面に炭酸カルシウムを沉殿させることをビジネスとしており、観光案内にも绍介されていました。

 同じことをやるのに、「脱ガスによる炭酸カルシウムの过饱和により、鉱物が沉殿する」と言うか「泉に手を浸すと石になる」と言うかでこれほどインパクトが违うことに惊きました。

 昨日の令和3年度产?学?公新年交流会で、基调讲演をされた叁浦先生の、「日ごろはあまり気が付かないことでも视点を変えればそれが観光资源となることがある」という発表にも同様の趣旨が感じられます。要は、どのように见せるかであり、头をひねる必要があるように思いました。

 そう思うと、さまざまな発想が浮かんできて、楽しくなりました。皆さんの知恵を结集してぜひとも様々な観光资源を発掘したいですね。


ヨークの滝


木部谷温泉

 

2021年1月14日

 皆様、あけましておめでとうございます。すでに松の内も明け、世の中はいつものように动き始めています。ただ、今年はコロナ祸の影响ですべてが大きく异なっているように思えます。1日も早く、日常が戻ることを祈っております。

 初诣には、密を避けながら参拝してきました。

 防府天満宫では、境内に木彫りの疫病を退散するという「あまびえ」が置いてありました。本物?の「あまびえ」を见るのは初めてでしたが、コロナ感染终息のため、顽张ってほしいものです。

 そういえば、昨年末に、コロナに负けるなということで、萩市の6つの酒造会社が酒を持ち寄り合同でブレンド酒を造られ、贩売されています。贴り纸にはコロナに负けるなという文言が见られ、地域の方々の気持ちが伝わってくるようです。各酒蔵の酒のうまみや切れ、コクなどが相まっておいしい酒に仕上がっています。このような企画は普通では考えられないことです。大きなチャレンジだと思います。山口県では岩国地域の酒が有名ですが、萩地域にもおいしい酒があることが十分にアピールできたのではないでしょうか。ラベルには「あまびえ」の絵がみられます。地域もコロナと戦っています。

 先日は、今年最大の寒波で、山口にも雪が积もり交通などに大きな影响がありました。私も久しぶりに自宅から山口駅、汤田温泉駅から大学まで徒歩で通勤しました。雪を踏みしめるときゅっ、きゅっと音がして、何か心地よい感触が、なぜか愉快でした。
 五重塔も雪景色で、多くのカメラマンが集まっていました。国宝がただで见られるという、ことに感谢しつつ、シャッターを押しました。

 もうすぐ共通テストがあります。高校生の皆さん、コロナに负けることなく自分の目标に向かって顽张ってください。

 今年が皆様にとって良き1年でありますことをお祈りします。


木彫りのあまびえ


清酒「コロナに负けるな」のラベル


雪の瑠璃光寺五重

2020年12月21日

 令和2年はコロナ祸で様々な事业や企画がとん挫しており、じれったい日々が続いております。山口学研究プロジェクトも同様に苦戦しておりますが、その中でも先生方はそれぞれ今できる事を中心に顽张っておられます。

 山口学研究プロジェクトの松野先生のグループが実施されている「无线尝础狈技术によるスマート商店街の构筑と観光回游データ连携分析に基づく活性化方针立案への展开」では地元の协力を得て山口市中市商店街で试行的に事业を実施中であり、12月13日に开催された现地説明会に参加しました。

 本事业は、地元中市商店街の协力を得て、各所に奥颈-贵颈装置を配置し、その奥颈-贵颈を利用することにより、商店街での人の动きが记録され、各店舗に入场するとその店の様々な情报を取得することができます。得られたデータにより、どこに、どれだけの时间滞在したかなどが明らかとなり、これを分析して商店街の活性化につなげようとするもので、事业のタイトル通り、スマート商店街の构筑を目指した试みです。个人情报はしっかりと守られており、意外と気が付かない人间の行动パターンが见えてくるかもしれません。
 すでに香山公园付近にも设置されており、それらとネットワークをつなぐことにより、より広域での人の动きが见えてくる可能性があります。

 奥颈-贵颈利用の登録は简単です。ぜひ、商店街に足を运ばれ、本事业に参加していただけるとありがたく思います。现在、萩市でも同様の试みが进行中であり、将来的に山口県全体に展开できると、観光にも大きく贡献することが期待されます。


学生による利用方法の説明


アーケード街天井に设置された奥颈-贵颈アンテナ

2020年11月17日

 お久し振りです。コロナ禍の中、大学をめぐる環境も大きく変わり、with コロナ、post コロナ、new normalといった言葉の中で、不安な日常が相変わらず続いております。

 このような中で、11月1日に山口市鋳銭司において史跡周防鋳銭司史跡第六次调査及びこれまで调査结果についての现地説明会が开催され、100名近い参加者がありました。山口学プロジェクトとしての支援も最终年度となり、多くの研究成果が绍介されました。

 特に、今年度は、巨大构造物の支柱が、3尘间隔、延长18尘以上の区间にわたり発掘されました。柱の并ぶ方向は南北ではなく北东南西方向に约20°偏っており、当时の地形などが関係している可能性があります。平安初期の山口県においては、これだけの大规模な建物は、初めてであり、鋳銭司の规模が大きかったことが明らかとなりました。また、建物の中で精錬や鋳造などが行われていたことが想定されております。さらに、すでに発掘されていた「长年大宝」よりひとつ前の时代に鋳造されていた「承和昌宝」の鋳损じ(いそんじ)銭が新たに见つかり、鋳銭司における鋳造が少なくとも835年から开始されたことを証明することができました。

 すでに発掘されていた、鬼の颜を描いた呪诅と想定される资料も展示されておりました。
 なぜ、都から远く离れた本州の端で、当时としてはわが国唯一の货币鋳造所が稼働していたのか、铜はどこで调达したのか、当时山口県は一大工业地帯を形成していたと想定されること、技术者はどこから来たのか、食料はどのように调达したのかなどなど兴味津々です。すでに発掘された多くの试料の分析が进めば様々なことがわかってくると期待されます。

 山口県おそるべしといった気持ちを起こさせる研究といえます。皆様もぜひ今后の研究の进展に乞うご期待です。


建物の支柱の発掘现场(赤い杭が支柱の位置)


鋳造个所


呪诅と想定される木简

2020年7月29日

 新型コロナウイルス感染拡大が止まりません。山口県においてもコンスタントに新规感染者が出る状况となりました。
 若者は感染しても症状は軽いとか感染は简単には起こらないといった间违った情报が流れ、これからも感染者の増加は进みそうです。特に、都会から地方へと感染が拡大することが悬念されます。

 报道の中では「安全と安心を确保するために、、、」といった表现が用いられています。
 最近はこの安全という言叶と安心という言叶をきちんと整理せず使う例が多くなっていると感じます。

 例えば、若者が、自分はかかっても无症状だから大丈夫ということについて、当事者は大丈夫と安心していますが実际には、それが一般论としては正しい考え方ではないことが技术的に示されています。すなわち安全ではないということです。

 逆に、政府がいくら安全だと叫んでもGo to travelについては多くの国民が不安を感じております。

 すなわち安全だといってもそれが安心感につながっていないということです。

 安全は技术的に示されるものであり、専门家が発する言叶です。一方、安心とはそれを受け取った国民が感じる精神的な気持ちを示しています。

 いくら安全といっても、受け取るほうがその言叶や事実に対して安心感を持たねば不安感ばかり持ち続けることになります。

 本当に安全であれば、具体的な、国民の纳得できる証拠をきちんと示すべきです。

 一方、国民は、安全が証明されていないことに関して、一部の报道に惑わされ胜手に安全と考えるのではなく、きちんと学术的な议论に目を向けるべきです。
 本当に安全であること、安心感を持ってもらうためにどのような情报を提供すればよいか、しっかりと考えるべきです。

 重要なのはやはり信頼性の高いデータではないかと思います。
 周囲の様々な情报に惑わされることなく、正しい情报を取得し正しく行动しましょう。

 これから本格的な夏がやってきます。热中症など夏ならではの病もあります。

 规则正しい生活と新しい生活スタイルを引き続き継続して、夏を乗り切りましょう。

2020年6月17日

 今日は梅雨も一休みででしょうか?明日からはまた、雨模様です。
 もうすぐ、夏至です。季节は先は先へ进んでいくようです。

 山口大学吉田キャンパスの事务局1号馆の南侧の斜面によく剪定された树木が植えてあります。
 池におりていく途中に「やまもも」の木があります。
 ご存じでしょうか?

 ほとんど通行人は気が付かずに通り过ぎでしまいます。
 田舎に育った私にとっては貴重な、おやつである「やまもも」 の赤い実がたわわに実っています。

 子供时代には、我先にと「やまもも」を採りに、竞争して山へ入っていったものです。この饱食の时代には、见向きをされなくなったのでしょうか?

 少しづつ、世の中から季节感というものがなくなっているように感じます。
 野菜は1年中食べれるし、冷冻技术も进歩しており、いつでもおいしいものが食べることができます。

 今、実家で野菜作りを始めました。少し前は、きぬさやえんどうを収穫し、毎日食していました。

 ピーマンも とれるようになりました。先日植えた、サツマイモも秋には収穫できそうです。梅も収穫し、梅干しや梅酒を作る準備をしております。

 农家の皆さんのご苦労を感じるとともに、季节感を味わうことのできる赘沢さをかみしめています。

 よろしかったら、やまもも、食べてみませんか?今週が食べ时かもしれません。
 果汁が服につくと大変ですので、気を付けてください。

 都会では决して味あうことができない赘沢な経験になると思います。
 また、同じ敷地の共通教育栋に近い场所には、食用に改良された大粒のやまももの木があります。

2020年6月3日

 コロナ騒动とは関係なく确実に季节は巡ってきております。山口県も梅雨入りの季节を迎えております。
 山口の市街地でも、蛍が飛び始めております。本来なら、先週末にほたる祭りが開催されるはずでしたが、 新型コロナウイルスの影響で、今年は中止になってしまいました。

 しかし、蛍は、今年も一の坂川周辺を乱舞しております。 県庁から歩いて5分のところで、ゲンジボタルが見れるところはさすがに、全国広しといえども山口市だけではないでしょうか?
 今年は、田舎に帰れない人たちのために山口観光コンベンション协会により濒颈惫别配信がされております。

 今月5日までの短い期間ですが、 蛍の飛ぶ様子が、川のせせらぎの音とマッチして、風情を感じさせてくれています。

 日本中がコロナ、コロナで大騒ぎしておりますが、蛍は何事もなかったように、いつものようにいつもの場所を優雅に飛んでおり ます。

 蛍を见ていると、必ず日常は戻ってくると勇気づけられます。

 今回のコロナ騒动は、都会への一极集中のもろさを図らずも露呈したように感じます。
 若者は结局何を求めて都会へ出ようとしたのか、田舎にあって都会にないものは何か?
 そんなことを考える良い机会となったように思います。
 あと数日しかありませんが、一の坂川へ足を运んでみてはいかがですか?

山口観光コンベンション协会ホームページ(6月5日まで濒颈惫别配信)

2020年6月2日

 昨年になりますが、大学で开催された退职后の人生に関するセミナーがあり、その际に、夜、汤田温泉で讲师の皆さんを囲んで恳亲会がありました。

 その中に、介护犬を连れて参加された目の不自由な方がおられました。北九州で鍼灸(しんきゅう)院を开かれている木曽长さんと介护犬のテラ君です。

 会では、岛根県津和野町で採取した25亿年前の日本最古の岩石の话で盛り上がりました。その后、私の採取した岩石の一部をお送りしたところ、礼状とともに、水彩画と短い文章が书かれた色纸をいただきました。

 色纸には、奥様とテラ君を入れた2人と1匹の肖像画と以下の文が寄せられておりました。

 「いくつになってもゆきたいところがある
  いくつになってもやりたいことがある
  いくつになっても逢いたい人がいる」

 お年は今72歳と闻いております。いくつになっても、やりたいことがいっぱいある人生、素晴らしいとは思いませんか?

 人生100年时代と言われておりますが、いくつになっても前向きに生きることの大切さを教えてもらいました。

 コロナ騒动が続いておりますが、気持ちだけは前向きに持ち続けようと思います。

2020年5月26日

 新型コロナウイルスの感染が止まりません。少しは、収まったように思えますが、一方、多くの公司成绩が悪化し、すでに多くの公司の倒产がみられています。

 汤田温泉街も相変わらず火が消えております。かつてよく通った饮食店は元気でしょうか?

 旅馆も休业中のところが多いようです。あとどれだけ、今の状况が続くのでしょうか?何とか踏ん张ってほしいものです。

  一方、新入生もまだ、教員の顔すら見ていない、いまだ高校生のままの状況が続いております。ただ、この厳しい環境の中で学ぶことも多いと思います。 皆さんは、次の世界を切り拓いてもらわなければなりません。

 秋吉台では毎年春に、山焼きをします。台上が真っ黒に変化します。すべてを燃やし尽くします。

 しかし、4月になると新しい芽が出てきます。 夏には、緑のジュータンができます。

 ピンチはチャンスといいます。コロナが过ぎ去った后の日本を復兴させるのは若い力と思います。おおくの意欲的な起业家の出现を期待します。おそらく今までとは异なるやり方で异なる产业を兴してくれるものと期待しております。今週から条件付きですが対面讲义が始まります。また、明るい声がキャンパスに戻ってきます。

2020年4月10日

 お久しぶりです。自身の2回の手术や新型コロナウイルス対策で、长期にわたり、ブログは开店休业状况でした。
 また、復活して、様々な情报を発信したいと思います。

 现在はすでに述べたように、新型コロナウイルスの感染に対する対策や讲义の进め方などに関して、多忙な日々を过ごしております。
 思い起こせば、私が理学部长であった、2011年3月11日に东日本大震灾が起こり、祝贺行事はすべて中止となり、テレビは内容が一変し、金子みすゞの诗が流れていたのを思いだします。
 学部新入生のオリエンテーションで、「东日本大震灾で疲弊した日本の再建は君たちの双肩にかかっている。志をもって、しっかりと学问に励んでいただきたい、、」といったことを思い出します。

 第二次世界大戦で廃墟となった日本を再建し、近代国家にまで押し上げたのは、大正生まれの若者です。また遡れば、明治维新をなし遂げたのは天保年间に生まれた20代の若者です。
 入学早々、変则的な讲义になったり、部活动が停止の中での入学に戸惑う新入生も多いことと思います。我々は平成生まれの君たちこそ、新型コロナウイルスによって落ち込んだ経済を再建し、新しい产业を立ち上げ、次の世代を背负う子供たちを教育する人材となってもらえるものと、确信しています。

 山口も中小公司が経済的に厳しい状况におかれています。ぜひ、山口の魅力を感じてもらい、一绪に本県の復兴を実现しましょう。
 今后も、山口学研究センターでの活动を适时お届けしたいと考えております。

2019年度
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2019年12月18日

 12月14日(土)に山口県健康づくりセンターにおいて、山口県教育委员会主催で「やまぐち地域连携教育推进フォーラム」が开催され500名を超える参加者がありました。
 山口県は、全国唯一、小中学校にコミュニティスクールが设置され、来年には全ての高校においても设置が予定されており、地域と大学とが一体となって子供の教育や地域の活性化を目指した活动を行っているなど、全国的にも高く评価されています。
 その活动の一环として开催されたフォーラムでは、実践発表と地域?教育魅力化プラットフォーム共同代表の岩本悠氏による讲演がありました。

 実践発表は、「良き地域が良き子供を育て、良き子供が良き地域を育てる」という共通认识のもとになされました。
 特に、地域のボランティア活动が重要であり、子供达に「肯定感」を身につけさせることの重要性に重点を置いて报告されました。

 岩本氏は、小、中、高と学年が进行するとともに、地域に関して、子供达の教育が、「颈苍(地域の中で)、补产辞耻迟(地域について)、蹿辞谤(地域のために)、飞颈迟丑(地域とともに)」と进展していくと述べられました。
 自身の隠岐の岛の高校でのコーディネーターとしての経験に基づき、学生が减少して危机的状况にあった高校において、危机は逆にチャンスと捉え、皆が共通ビジョンを持つことからスタートし、自分の意志で参加する脱藩生徒を全国から募集し、异なる価値観の中で様々な新しい価値観が生まれ、「魅力ある学校」に変貌した事例を热く语られました。

 仕事がないから地方へ帰らないではなく、仕事を作りに地方へ帰ってくるといった発想が重要と述べられた后に、童謡「ふるさと」を例として分かりやすく自説を展开されました。

 童謡「ふるさと」の3番に

 「こころざしをはたして
  いつの日にか帰らん
  山はあおき故郷
  水は清き故郷 」

とあります。岩本氏は故郷は志を果たして帰るところではなく、志を果たしに帰ってくるのではないだろうかと问いかけられています。
 吉田松阴先生の「华夷弁别」の思想につながるところがあります。

 子供达がもっとポジティブに人生を、地域を捉えてもらえるような教育が重要と思いました。
 大学においても、同様と思います。自己を肯定し、地域を肯定できるような人材教育が求められていると思います。

 お诱いいただいた防府高校校长の河村先生や山下コーディネーターとの会话はとても有意义でした。
 いろいろと考えさせられた1日でした。

 

2019年12月4日

 12月1日(日)に周防大島町において山口学研究シンポジウム「人の移動が創る世界 -山口からハワイへ渡った人々から学ぶ」を開催しました。前日の11月30日(土)には、ハワイ移民をはじめとする「人の移動」をテーマとした映画の上映会も開催され、いずれも盛会で、80名を超える参加者がありました。

 昨年、明治150年を記念して行った特別プロジェクト「ハワイ移民史150年と今後の150年 ~「移民の歴史」では語れない「移民者の軌跡」」に関するシンポジウムを周防大島町において実施する予定でしたが、大島大橋へのタンカーの衝突事故のため開催できませんでした。今回はその後の新たな知見を加え、新たな視点からハワイ移民の歴史やその背景などに関してシンポジウムを開催することができました。

 テーマである「人の移动が创る世界」は时机を得たテーマだと思います。
 现在、山口県においては年间约3,000人が県外へ流出し、その多くは首都圏をはじめとする大都市へ集中しております。特に若年层における流出が顕着です。
 ある意味、これは国内における移动と捉えることができます。また、入管法の改正により多くの外国人技术者を受け入れることとなっております。かつてアフリカで诞生した人类は、数10万年かけて地球上の様々な地域へ移动していったという歴史があります。

 人は何故移动するのでしょうか?モチベーションは何でしょうか?梦を求めて、豊かな生活を求めて、食料を求めて、いろいろと考えられます。
 また、移动した先で彼らは移动先の住民にどのように受け入れられたのか、またそこで何を感じ、どのような生活をしたのでしょうか?
 また、移动した先で故郷をどのように感じていたのでしょうか?

 若者はなぜ都会を目指すのかといった疑问に対する答えが见つかるかもしれません。

 ハワイ大学オーラルヒストリセンター元センター长の狈颈蝉丑颈尘辞迟辞先生、立命馆大学の小川先生の讲演を通じて感じたことは、移动は同じ県内であったり、国内であったり、地球规模であったり、スケールがそれぞれ异なりますが、移民であることには変わりません。そこには国や県の境界などありません。人、物、金、文化、伝统、习惯、技术など様々なものが双方向に移动しております。例えば、日本の水产技术がハワイで生かされ発展したり、ハワイから地元に寄付があったり、日本の文化がハワイに伝わり新たな文化を创り上げたり、日本の文化がハワイにもたらされ、その后逆にハワイから日本に逆输入されたり(冲縄のかりゆしとハワイのアロハシャツの関係性)、ハワイに出云大社や天神様の别院があったり、といった事例は兴味深いものがありました。
 そこには国境や県境などを越えたもっと大きなものがあると感じました。
 狈颈蝉丑颈尘辞迟辞先生の讲演を闻いていると、言叶は英语ですが内容は极めて日本的であったりすることも理解しました。结局は地球というプラットフォームの上での移动であり、もっと大きな视点で物事を考える必要があるように感じました。

 私自身も山口から首都圏に出て24年间暮らした后に、山口へ鲍ターンした移民と言えるかもしれません。
 何を期待して都会へ出たのか、その结果はどうだったのか?そのときに田舎はどのように见えていたのか、、、など、自分自身の问题として考えさせられました。

 シンポジウムを企画された国际総合科学部の杉井先生をはじめとする先生方、地域连携课の皆さん、地元周防大岛町の皆さんほか、ご支援をいただいたすべての皆様方、ご讲演いただいた狈颈蝉丑颈尘辞迟辞先生、小川先生に対して厚く御礼申し上げます。
 また来年も开催予定とのことです。新しい研究の进展を楽しみにしております。

 周防大岛町は温暖で住民の皆さんも亲切で、本当に住みよい场所です。
 皆さんも是非一度おいしいものを食べに行ってみられたらいかがでしょうか。


Warren Nishimoto先生(左)と通訳をしていただいた西田純子さん(右)


立命馆大学の小川真和子先生


パネルディスカッションの様子

2019年11月6日

 先週、冲縄の首里城が焼失しました。未明に正殿が焼け落ちるシーンが、繰り返しテレビで流されました。
 冲縄の人たちの「心の拠り所」、「「冲縄の夸り」、「冲縄の魂」である首里城が崩れ落ちたという言叶が、何度も繰りかえし叫ばれていました。心より、一日も早い再建を祈らざるを得ません。

 皆さん异口同音に、ただ立ちつくしかないことが悔しいし、悲しいと涙を流されていました。
 2016年に発生した熊本地震で熊本城の石垣が崩れた时も、熊本の方々は同様の感想を述べられていました。
 あるべきものがそこにないということは言叶に表せない深い悲しみと寂しさをかき立てます。
 あることが当然であり、なくなって初めてこのような感情を抱かれたのではないでしょうか?

 私も同様の経験をしたことがあります。
 古くは1962年に当时通っていた小学校の讲堂が焼け落ちました。远くの丘から震えながら见た记忆があります。
 また、1991年には山口市のシンボルであったサビエル记念圣堂が焼け落ちる映像を见て、なぜか涙が止まらなかったことを覚えています。
 学生时代にその前庭でサークルの仲间と野球をやり、神父さんに叱られた思い出があります。

 それぞれの构造物には、皆さんのいろいろな思い出があるとともに、その构造物の歴史や文化财的価値を住民がしっかりと理解していることがこれらの感情の原点にあります。

 琉球王国の政治の中心であった首里城、大内时代に山口を访れたサビエルの来山400年を记念して彼の故郷スペインの教会を模して造られたサビエル记念圣堂、加藤清正により筑城された天下の名城である熊本城、それぞれに歴史と文化が集约されたものであり、详しく调査研究がなされ、住民もしっかりと学习しているからこそ、地元の夸りといえる存在だったと思います。

 郷土の夸りとかアイデンティティは地方で生活する者にとって何にも代えがたいものと强く思います。
 それは有形なものも无形なものもあると思いますが、それらを発掘し、记録し、その価値を明らかとするとともに、情报発信して、住民の方々と共有することが重要と思います。

 山口学研究センターはそのような研究を推进していくことが使命と感じております。
 我々山口県で生活する者にとっての夸りや魂とは何でしょうか?

 しっかりと考えてみたいと思います。

2019年10月30日

3.ドイツの観光地

 ドイツの南部はスイスアルプスに连なる高地からなります。
 最も标高の高い山は窜耻驳蝉辫颈迟锄别で标高は2952尘です。
 山顶にはドイツとオーストリアの国境があり、山顶部はプラットフォームになっており、レストランや土产物売り场などがあります。
 麓からはロープウェイで一気に山顶まで到达することができます。
 途中に支柱はなく、エレベーターで上るような错覚を受けます。

 日本で言えば、富士山の山顶に施设があり、山梨県と静冈県の県境があり、ロープウェイで一気に登るといった感じです。
 素晴らしい景色ですが、それもこれも山顶までのアプローチの容易さにあります。

 ロープウェイの他にも登山电车、リフトと乗り継ぐルートもあります。

 果たして、规制の厳しい日本でこのような観光开発が可能でしょうか?
 観光に彻しているためにこのような事も可能となっているのでしょうか。
 自然破壊だとか、景観を壊すと言った议论があれば、どうなっていたでしょうね。

 どうすれば良いのかは私にも判りません。
 スイスのMont Brancなども同様です。

 当然のごとく、世界自然遗产には登録されていません。


山顶のプラットフォーム


山顶へ向かうロープウェイ

2019年10月24日

 10月13日に秋吉台科学博物馆で科学とアートに関するシンポジウムが开催されました。

 本企画はアメリカ人でスコットランド在住の芸术家であるイラナ?ハルペリンさんが、ロックサイクル(ヤマグチ)をテーマに、珊瑚礁、石灰岩、温泉沉殿物などが、炭酸カルシウムという同じ素材を基に様々な形态を示す点に着目し、生成物を芸术作品と捉え、科学とアートの関係性について话题提供がなされました。

 炭酸カルシウムの溶解と沉殿は、地下水环境の変化により决定され、石灰岩が溶解し、钟乳石が沉殿するという化学反応と同じメカニズムです。

 イラナさんの依頼で、私も岛根県の木部谷温泉において、现地の旅馆松ノ汤さんと一绪に炭酸カルシウムの沉殿物を50日という短期间で结晶化させました。
 钟乳石は数10万年、石灰岩は3亿年前と言うように、反応に必要な时间は异なるのですが、化学反応式は同じであるという兴味あるものです。

 サイエンスとアートは极めて関係性が强いものとかんがえられます。
 几何学にフラクタルという概念があります。リアス式海岸をモチーフにしたコッホ曲线やシルピンスキーのガスケット等、その见事さに思わず、芸术性を感じてしまいます。

 面白い企画でした。このプロジェクトを通じて日本とスコットランドの交流が进展すると良いですね。
 ラグビーでは日本が胜ちましたが、、、、。


木部谷温泉で今回作成した炭酸カルシウムの沉殿物です。


木部谷温泉で过去に作成された招き猫です。


シンポジウムの様子です。

2019年10月8日

前回の続きです。

2.ドイツと日本について考える

 ドイツは明治维新以降第二次大戦まで、日本のお手本のような存在だったことを再认识しました。
 医学や地质学に见られるような科学技术や、近代内阁制度など、幅広くドイツの知见を取り込みながら戦前の日本は発展したように思います。
 地质学分野においても、ナウマン象で有名なドイツの地质学者ナウマン博士の果たした功绩は大きいものがあります。
 フォッサマグナも彼の命名によるものです。

 ハイデルベルグ大学は、1300年代に开校したドイツで最も古い大学です。
 そこには、大学の本来の姿が残っているように思いました。
 当时、大学内は治外法権で、学生の処罚は大学で行っていました。
 监狱に一定期间収容し、そこから学校へ通っていたとのことで、监狱の壁は一面落书きで覆われています。

 彼らにとっては、それが逆に名誉なことだったみたいで、自立した学生の强い心がうかがわれます。それをしっかりと受け止めた大学もすごいと思いました。

 何気なく歩く道がヘーゲルが思索に使っていたところだったり、古城の崖が崩れている箇所を见て诗を読んだのがゲーテだったり、大学の寮にいたのがシューマンだったりして、歴史の重みを感じた旅行でした。

 彼らはそこで何を考え何を目指したのでしょうか、、、、。


ハイデルベルグ大学大学広场


学生牢の内部、多くの落书きあり


シューマンの下宿跡

2019年10月4日

 夏休みを利用して、ドイツへ旅行しました。本格的にドイツへ行くのは初めてだったので、いろいろと新しい発见がありました。顺次ご绍介します。

1.ドイツの町づくり
 今回は、ドイツの最も有名な観光地であるロマンティック街道を北から南へ移动しました。
 ロマンティック街道はローマ人が通ったとの意味だそうで、ロマンティックな名前とは异なっていました。
 ドイツと言えば、近代的な工业都市が并んでいるように想像しますが、船によるライン川下りやバス移动の间、1本の烟突も见ることは无く、広大な畑地が拡がっており、所々教会を中心とした集落が点在していました。
 観光地周辺は、全てが観光のために设计されており、建物の屋根、高さ、ベランダの花等事细かに管理されています。

 ローデンブルグなど城塞都市では、落书きもなく町全体が中世そのものという雰囲気でした。
 梦の国であるディズニーランドと同じで、それ以外のものは目に入ってこない様に设计されています。

 ホテル、レストラン、ワインバー、ビアホールなど全てが适切な场所に适切な数が用意されており、快适に観光できる様になっています。

 それぞれの特徴に合わせて彻底的に、住み分けを明确にした町づくりを行っているようです。
 日本ではどちらかと言えば、どの町にも工场を诱致して何でもかんでも计画俎上に载せるような戦略を採っていると思っていますが、それと异なり地域の特徴を考虑した栖み分けを彻底的に行っているように感じました。

 建物が古くなって建て替えるときには、デザインは同じで材质を変えながら昔からの景色を保っているとのことでした。

写真は访れた町の景観を撮影したものです。


広大に広がる畑地


城塞都市の建物、赤いゼラニウム


ライン川沿いの集落

2019年9月25日

 暑い夏が终わり少しずつ秋めいてきました。鰐鸣八幡宫の彼岸花が见顷の季节となってきました。
 ブログも夏休みをしておりましたが、復活します。おつきあいよろしくお愿いします。

 8月8日のお话ですが、山口叁大祭りの一つである、山口提灯祭りが开かれました。台风の影响で変则的な开催となりましたが、多くの人出があり、催し事に敏感な山口県人の性格が强く现れる结果となりました。

 私は60年前から、记忆しておりますが、当时はアーケードもなく、また、音楽も流れず、しずしずと歩くといった静かなお祭りでした。风が强いので至るところで提灯が燃えて人魂があちこちで见られました。

 それはそれで情绪があるものでした。いまは、平年だと提灯车が练り歩くなど、賑やかなものとなっています。
 伝统的なお祭りも少しずつですが、内容が変わってきています。
 それはそれで时代の流れであり、否定するものではありません。

 今でも、いっぱいの提灯を见渡すと、それは壮観な景色と言えます。
 山口人のアイデンティティを确认することのできる贵重な机会と思います。

 来年の祭りが楽しみです。

2019年7月18日

 6月17日に山口学研究プロジェクトの报告会を行いました。

 3年前にスタートした本研究プロジェクトの内、3课题は平成30年度をもって终了しました。
 研究には终わりはありません。一旦、とりまとめをお愿いしました。
 报告者は皆さん笑颜で、研究を楽しんでおられる様子が见て取れました。

 テーマは、古代テクノポリスの解明、文化财の修復、山地灾害、観光客の动态调査、山口県のリソースのアーカイブ化など多岐にわたりますが、山口県をフィールドとし、文理融合が特徴です。详细は、今后出版予定の报告书をご覧いただければと思いますが、これまでにない切り口や分析の提案が盛りだくさんで、报告会はあっという间に终了しました。
 日顷见惯れている景色や现象もきちんと科学することにより、新たな付加価値を加えることができ、新しい山口県の资源としてアピールできる事が証明されました。

 今年度から新たに、「ハワイ移民とイノベーション」、「食文化の変迁」、「山口市街地における人の动态调査とサービス」、「厂顿骋蝉によるスポーツ観光资源开発」が加わり、新たな展开が期待されます。
 研究成果は适时、公开讲演会などを通じて発信していく予定です。山口大学のユニークな研究にご期待ください。

2019年6月12日

 5月25日に、新しく萩市浜崎地区に设置された「山口大学サテライトラボ萩」において、初めての公开讲座を开催しました。
 讲义名は「香りの秘めた力と地方创生」、讲师は创成科学研究科(农学)の赤壁善彦教授で、30名近い参加者がありました。その中には、萩市の藤道市长もご夫妇で参加され最前列で热心に聴讲されていました。

 公开讲座は山口大学のリソースを一般の方々に公开し、皆様の知的好奇心を満たすとともに、学び直しにより、充実した人生100年时代を过ごしてもらうことを目的として企画したものです。讲义の中には、地方创生のヒントのようなものもあり、世代を问わず、有意义な内容となっております。

 今回は香りに関する研究成果と地方创生に生かすためのヒントなどが绍介されました。赤壁先生はにおいの正体と役割、香料に関する説明、香りに着目した商品开発等について実际に香料や製品を体験しながら分かりやすく説明されました。
 先生はすでに甘味鮎、山口饺子、山大スイーツなどを开発されており、现在开発中のエクレールについても実物を持参され、食べられた受讲生の感想を闻いておられました。
 香りは鼻から脳へ信号が伝わり、毎日の活力が高まるとともに、アロマテラピーやリラクゼーションに効果的とのお话でした。

 特に兴味深かったのは、人间の脳にプリントされた香りはいつまでも记忆として残る、という话です。萩市には萩市の香り(におい)が、山口市にも同様の香りがあり、都会でそのような香りをかいだときにはふるさとを懐かしみ、帰巣本能がくすぐられると言われていました。鮭が戻ってくるのも、その川のにおいが重要であり、后背地の植生等が维持されることが重要という话を新潟県村上市で闻いたことがあります。
 确かに、私は千叶県野田市に长く住んでおりましたが、駅に降り立ったときににおう醤油の香りは忘れられません。

 皆さんにとってのふるさとのにおいは何でしょうか?

 是非、ふるさとの香り(におい)を开発して発信することにより地方创生に繋げることができると良いですね。
 今回の讲义では多くのヒントがもらえたように思います。藤道市长は、萩市のにおいは夏みかんの花か萩焼粘土のにおいかもしれないとつぶやいておられました。

 今年度は后2回公开讲座をサテライトで开催する计画です。一人でも多くの住民の方々に参加していただけることを祈念しております。

写真は公开讲座当日の様子を撮影したものです。
3枚目の写真に写っているのが山大スイーツの「厂肠别苍迟(せんと)」です。

2019年5月23日

 5月18~19日に、山口県セミナーパークにおいて、山口大学の学生が中心となって企画し开催された地域惭滨搁础滨サミット2019に参加しました。

 この企画は、颁翱颁+事业において、200番台の讲义科目として开発されたものであり、文部科学省からの助成终了后も継続することを意识して、今回は学生が主体となって企画や当日の进行などを担当しました。
 本企画は、学生と公司で活跃されている社会人の方々が、一堂に会し、互いの経験や働くことの意味、生きがいなどについて、自由にディスカッションするものです。学生にとっては日ごろ接することのない、公司のトップや地域おこしで活跃されている方々の话が闻け、一方公司の方々には今どきの学生は何に悩み、公司に何を期待しているかなど、採用活动を行う际の戦略立案に役立つ等お互いに意味深い企画です。
 今年も山口大学を中心として50名近い県内学生に参加してもらいました。

 ここでは、社会人のプレゼンテーションで印象に残ったものを绍介します。
 その方は、最近山口大学を卒业し、消しゴム版画作家として活跃するとともに、现在山口市の中山间地において道の駅を中心として地域おこし协力队で活跃中です。
 彼女は主に、自分の価値観を持つことの重要性について次のようなことを话されていました。
?これまでの人生を振り返ると、価値観は、多くの人との触れ合いの中で形成され、?特に异分野の方との交流により価値観を明确にすることができた。
?世の中には様々な価値観があり、いろいろと议论を戦わせながら、自分はどう考えるのかといった自问自答を繰り返すことにより、少しずつ自分の価値観が醸成されてきた。
?その际に、社会で活跃されている方々の考え方には共鸣する点が多く、学生にはない感性があり、强い影响を受け、そのような人に出会えたことを幸せに思う。

 本企画もそのような场を提供しているといえるのではないかと思います。

 最近の学生は、お互いを伤つけないように育てられてきたこともあり、学生同士で真剣な议论をする姿を见なくなりました。かつて、学生运动の活発な时期には、学生同士が真剣に自分の考え方を相手にぶっつけ、时には激しく议论を戦わせたものです。
 社会人と议论することも重要ですが、隣りのひとに话しかけてみる事も大切ではないでしょうか?

 彼女は、発表のはじめに「常识や社会通念にとらわれないことが重要であり、人に安易に流されないようにしなければ、、」と述べられていました。
 学生运动世代にも通じるものを感じ、うれしくなってきました。

 今后も、この活动が続くことを祈っております。
 企画、立案、実施に携わった学生诸君に感谢するとともに、今回参加した学生诸君に新しい出会いがあったとすれば、企画は大成功だったと思います。

 ご苦労様でした。

写真は当日の様子を撮影したものです。

2019年5月21日

 気が付けば、令和元年も3週间がたってしまいました。
 异例の10连休も终わり、この间、チコちゃんに叱られそうなボーっとした日々を过ごしておりました。

 久しぶりの书き込みです。

 连休中は、県外に出ることなく、県内をぶらぶらしておりました。
 山口大学教職員、学生は無料という特典を生かし、山口県立萩美術館?浦上記念館で開催中の「フィンランド陶芸 芸術家たちのユートピア」に出かけました。数年前にフィンランドに旅行し、その際にマリメッコの本店に立ち寄ったこともあり、懐かしく展示を見ることができました。

 実は、私は20数年前に仕事の関係で、冬のフィンランドを访れたことがあります。ヘルシンキ港は冻结しており、大型客船が港に係留されておりました。

 私は、片田舎の原子力発电所を访问し、廃弃物処分场の実験施设を见学しました。その际に、现地の担当者と话す机会があり、その时のやり取りを思い出しました。当时、皇后だった现在の美智子上皇后が、ストレスのために言叶がしゃべれないような状况が続いておりました。现地の担当者から最初にそのことを闻かれ、その后どうなったかという质问を受けました。闻くと、彼らは日本や日本の皇室に深い関心があり、気にかけているとのことでした。不思议に思って、理由を寻ねた时のやり取りです。

 彼が言うには、日本もフィンランドもお互いに资源が乏しく、国の产业を兴すには外国と上手に交流しながらやっていくしかない。日本は岛国であり、フィンランドには山しかない。その意味では、フィンランドと日本とは似たような环境にあり、亲近感を持っているとのこと。日本をお手本にがんばっており、特に学校教育に力を入れているとのことでした。

 现在マスコミなどで取り上げられている、ユニークなフィンランドの教育制度の原点はこの顷にあるのかもしれません。特に、外国と交流するためには、英语の教育が必须であり、数年前に行ったときも、市场のおばちゃんからタクシーのドライバーにいたるまでほぼ皆さん英语がしゃべれることにおどろかされました。当时「日本はいかがですか?」と质问され戸惑った记忆があります。

 今では、ファッションブランドとして有名なマリメッコ、陶器で有名なアラビア、携帯电话のノキアなど世界的な公司が多くあります。働き方改革も最も进んだ国のひとつといわれています。自国の地形や自然条件などを、理解し、さらに発展するための方策を教育を含めしっかりと议论を行い、他国にはない、新しい取り组みを行っています。20数年前のことですが、久しぶりにマリメッコのデザインを改めてみてみると、すべてがオリジナリティにあふれており、ほとんどが女性の手によるものです。当时、彼らは発展着しかった同じ资源に乏しい日本をお手本としていました。そのことが日本の皇室に関心を示した理由かもしれません。彼らはこの20数年间において飞跃的な発展を遂げております。

 现在のフィンランドでは働き方そのものが日本と违っています。北欧では父亲が子供を连れて公园で散歩している姿が、あちこちに见受けられます。働くこと、生きがい、ダイバーシティといったキーワードを思い出しました。

 皆さんもぜひオリジナリティあふれるフィンランド文化に触れてみてはいかがでしょうか?

 20数年前にお会いしたのは、政治家でも大学教授でもない、地方の発电所の一技术者です。
 彼が热く语っていたのを思い出します。现在の日本はどうでしょうか?

山口県立萩美术馆?浦上记念馆贬笔:

2019年4月11日

 3月に何度か美祢市へ伺い会议や集会に参加しました。简単に绍介したいと思います。

3月20日
 午後、秋吉台アカデミックセンターで企画した、スポーツを活用したツーリズムに関するセミナーのために招聘したニュージーランドのFrank Scrimgeour博士と話し合いの場を持ちました。
 博士は、ニュージーランドにおいて洞窟を利用した観光について调査、研究をされており、洞窟でのラフティング等、我々ではなかなか発想できない大胆な企画を事业化されているところは、さすがにバンジージャンプを始めた国らしいと感心しました。洞窟を観るだけにとどめず、体験型のスポーツの场として活用されようとしておられます。
 2日后の22日に开催された先述のセミナーには周辺の自治体から関係者が来られ耳を倾けられていたとのことです。
 スポーツと観光は今后有望なテーマだと思います。 

3月20日
 夕方から、美祢市第二次総合计画协议会が开催されました。
 次の10年间の计画を审议するもので内容は多岐にわたっております。美祢市も他の市町と同様に人口减少が止まらず、特に若者の人口流出が大きな问题になっております。
 私なりに考えたキーワードは「世界ジオパーク」「教育」「観光」「6次产业化」であり、それらを「选択と集中」でメリハリをつけて计画を立てていくことが重要と感じました。合併により広くなった地域に交流拠点を复数作り、市民が当事者としての意识を持って计画、実行する必要があります。
 今后、次の世代のために何ができるか等について将来を见据えた议论が期待されます。

3月23日
 世界の洞窟写真家が一堂に会する国际洞窟写真家会合が、秋吉台を中心とした地域で开催されました。
 アメリカ、フランス、イギリス、ドイツなど様々な国の优れた写真家が集まって互いの技术の绍介や交流が行われました。関係者は少ないかもしれませんが、このイベントは画期的なものであり、その方面に详しい方なら是非とも参加したくなるような会合です。
 洞窟は暗闇のために照明や撮影の构図などかなり高等なテクニックが必要のようです。当日は秋吉台周辺での活动の中で撮影された写真を映像で绍介されていました。息をのむような素晴らしい写真の数々で、いつも见惯れた景色も撮りようによってはこれほどの芸术作品になるということを教えられました。钟乳石だけでなく、様々な构図を意识されており、感动しました。秋吉台でも、写真撮影の讲习会などで観光客にもアピールできるかもしれません。
 交流会でアメリカの写真家に洞窟の活用に関して质问したところ、「今后は観るだけではなく、探検の要素も入れた体験型の観光を企画したら面白いのでは?」と言われ、纳得しました。

3月31日
 台湾の地质公园学会と秋吉台惭滨狈贰ジオパークとの交流会があり、31日に情报交换と恳亲会が开催されました。
 私も、台湾には10回以上调査やプライベートで出掛けており、特に私の调査した地域が地质公园に指定され関係者が同行されており、直接交流ができ、感激しました。
 昨年、明治150年记念プロジェクトとして台湾と山口県との交流についてシンポジウムを开催しました。招待した台湾の研究者が热く台湾のすばらしさを语られましたが、今回の地质公园の関係者もそれぞれの公园のすばらしさやそこに住む人たちがそれらをいかに夸りに思っているかを热く语られておりました。我々も山口の良さを再认识し、夸りを持って世界に绍介できるようになればと感じました。

 台湾へは、东京よりも安く手軽に行くことができます。また、台湾の人々も日本人には亲切であり、台湾料理も日本人には好まれています。夜市をさまようのも良いかもしれません。自然环境は日本とよく似ており、同様のテーマで共同研究もできると思います。
 是非、贵辞谤尘辞蝉补(美しき岛)台湾に一度行かれてはいかがでしょうか?
 山口大学も多くの学生の交换留学を行っております。今后さらに交流が広がる事を祈念します。


3月22日に开催されたスポーツ観光セミナーの様子


国际洞窟写真家会合における洞窟撮影の様子(日本洞窟学会の村上氏提供)


台湾地质公园学会台湾师范大学教授苏先生(右侧)とのツーショット

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2019年3月27日

 3月17日に山口大学共通教育栋1番教室において、『鋳銭司?陶地区文化财総合调査事业讲演会-「周防鋳銭司」を科学する-』が开催され约150名の参加者があり、热心な议论がなされました。

 本讲演会は、山口学研究センターが企画する山口学研究プロジェクトの1つである「古代テクノポリス山口」における平成30年度までの成果に関する报告であり、特に遗跡を近代科学の力により解き明かそうというもので、センターが目指す文理融合を目指した研究の一部を绍介するものです。

 今年度は、遗跡を面的に开削し、空间的な遗跡の状况を把握しようとするもので、巨大构造物の柱や鋳造に用いた炉や大规模な井戸の痕跡を発见することができ、遗构はかなり大规模なものであった可能性が确认されました。

 特に、井戸からは文字や鬼の颜などを书き记した木简が1000点以上见つかるなど、お宝の山とも言うべき発见がありました。

 讲演会では、鋳銭司が货币の鋳造をしていた平安时代初期の地理や自然环境などに関する详细な検讨结果や、齿线颁罢を使って昨年度に発见された长年大宝を鑑定するとともに分析に至るまでの学术的な研究成果が报告されました。

 さらに、2月23日には、现地において现地説明会が开催され、多くの地元の方や考古学ファンの方々が参加され、こちらも大盛况でした。

 写真は井戸の遗构と、现地での様々な分野の方々による议论の状况です。自然地理学、岩石学、考古学、遗跡発掘の専门家が、现场を前にして热心な议论をされている様子がうかがえます。异分野の専门家が同じ场所を様々な视点で研究することにより、思いがけない新たな発见が期待されます。今回のプロジェクトはまさにその目的が达成される可能性が高いと言えます。

 本センターでは今后も山口をフィールドとした様々な课题を文理融合の视点から进めていきたいと考えております。


シンポジウムの様子


発掘された井戸の遗跡


现地説明会における异分野交流の様子

 

2019年3月14日

 3月7日(木)に山口県立大学において、COC+事業の一環として「FD?SDワークショップ やまぐち未来創生人材(YFL)育成について考える ―YFL育成x地元定着(その3)―」が開催されました。

 本事业も4年目を迎え、国からの助成が来年度までという状况の下、今后の自立化が喫紧の课题となっており、これまでの事业の検証と新たな展开にむけた议论が求められております。

 今回のワークショップでは、県央地域の大学における具体的な取り组みの绍介の后に、グループセッションが行われました。各大学毎に様々な取り组みがなされており、自立化に向けて顺调に作业が进められていることを実感しました。

 グループセッションの前に4人の県立大学生から、驰贵尝プログラムを受讲した感想などが绍介されました。それぞれが、どのような目的意识をもって取り组んでいるのか、また、今后どのような人生を歩みたいのか、といった兴味ある话が闻けました。県内就职率を上げるためにも、かれらの思いをしっかりと受け止め、さらに伸ばしてあげる必要があります。
 印象的だったのは、进路を决めるときに、「家族の看护の様子をみていて、自分も看护师になろうと思った」、「育ててもらったふるさとのために恩返しがしたかった」、「幸せを感じたかった」といった当たり前のことかもしれませんが、しっかりとした动机付けがなされており、心に响く内容でした。

 本事业は、学生の県内就职率を上げようとするものですが、我々自身がどこまで今の学生诸君の気持ちを理解しているかどうかが重要と思います。同様に公司の思いもしっかりと受け止める必要があります。

 来年度いよいよ驰贵尝一期生が就职活动に挑みます。我々と一绪になって学んできたことが少しでも役に立つことを祈念しております。

 最后に、ワークショップを準备して顶いた加登田学长をはじめとする県立大学の皆様に心より御礼申し上げます。


山口県立大学 加登田学长


ワークショップ前半の各校の取组绍介の様子


ワークショップ后半のグループセッションの様子

2019年3月5日

 先週末に、所用で萩市に行きました。
 笠山の中腹にある、萩ガラス工房で友人へのプレゼントを探していたら、主人が出てきて、周布政之助、大村益次郎、高杉晋作といった幕末の志士が爱用したガラス製の酒器を博物馆の许可を得て复製し贩売しているとのことでした。
 また、「东洋美人」の蔵元である澄川酒造が幕末期の製法で製造した「风云児晋作」というお酒(限定500本)を晋作グラスとセットで1万5千円で贩売しているとのことでした。主人曰く、消费者は値段はもちろんだがその製品のストーリー性に惹かれるとのことです。
 他に、漆器を贴り付けたグラスも贩売しており、漆器は会津涂りだそうで、戊辰戦争以降冷え切った山口と会津の関係修復を愿って作ったとのことでした。确かにストーリー性は重要です。

 山口大学を含め、県内には「圣火」という大理石が石材として使用されています。今では、採掘禁止となっているこの大理石、何故「圣火」と呼ぶかについては、ほとんど知られておりません。実は、第二次世界大戦中に东京でオリンピックが开催予定となっていました。幻の东京オリンピックです。开催が决まったときに、命名されたのが「圣火」という大理石です。
 これほどのストーリー性はないのではないでしょうか?

 2020年にいよいよ东京オリンピックが开催されます。何とか、「圣火」をアピールできないものかと思っております。

 全てにおいてストーリー性は确かに重要な要素だと思います。山口県にある様々な史跡や自然环境も、それぞれが歴史を持っており、それらを学问的に明かすことにより、それぞれの付加価値を高めることが重要と考えます。そのような活动として山口学研究センターを设立しました。
 现在、第二期の山口学プロジェクトを募集中です。ふるって応募ください。山口をもっと深く掘り下げましょう。


清酒「风云児晋作」と晋作爱用グラスの復刻版


会津涂りグラス


理学部玄関フロアーにある大理石「圣火」

2019年2月19日

 2月13日に国際総合科学部のPBL(Project Based Learning)の発表会がありました。

 国际総合科学部は、山口大学创基200年の记念すべき2015年に设置された山口大学では最も新しい学部であり、デザイン科学を学部教育の柱としてグローバル人材を育成する事を謳っております。

 この3月に一期生が卒业することとなり、今回の発表会は一般学部の卒论発表会といえる行事です。私は一部しか闻くことができませんでしたが、デザイン科学という新しい考え方がおぼろげながら见えて、有意义な発表会でした。

 印象に残った発表として、秋川牧园とコラボした课题研究で、香港に焼き鸟を输出して贩売しようというグループの発表を绍介します。市场调査を现地で行うとともに、留学生に実际に食べてもらい感想を闻くなどして、レシピを试行错误で考えたその経纬と彼らの试行错误が报告されました。一度贩売したが売り上げがあまり伸びなかったということから、前提としては、香港の消费者に受け入れられることが第一であり、そのためには香港の人の味覚に合い、适切な価格设定で、パッケージも兴味を引くようにするといったコンセプトに従って検讨がなされています。朝ドラのラーメンづくりで美味しく、安く、保存ができるといったものを作るために奋闘している主人公とダブるところがあります。まさに课题解决型の学习といえるものと思いました。

 与えられた课题を解决するには技术的な侧面、経済的な侧面、流通の侧面、消费者の心理的な侧面等様々な要素があります。それらを整理し、顺序立てて解决していくこと、これがデザイン科学ではないかと理解しました。

 决して彼らは食品のプロになる訳ではないと思います。课题解决のためのプロセスを学んでいるのだと思います。

 COC+事業の教育プログラムにおいて、履修生は3年次にPBI(Project Based Internship)を受講することになっています。これは、それぞれが企業や行政と一緒になって課題を解決するというもので、PBLに近いものがあります。

 笔叠尝はグループでの活动ですが、皆で知恵を出し合いながら课题解决を进めましたという彼らの晴れやかな笑颜が忘れられません。

2019年2月15日

 少し前の话ですが、サッカーのアジアカップで日本はカタールについで準优胜となりました。私も毎日夜遅くまで応援しておりました。

 予选リーグから日本は苦戦の连続で、全て1点差というきわどい试合をやっていました。準决胜では、それまで无失点のイランを大差で破ることとなりました。おそらく、日本は失点の度に、何が原因で失点したのか、何故点がとれないのかを猛烈に反省し、次の试合に生かそうとしたのではないかと思います。失点することによって、弱いところや课题が见えてくるのだと思います。
 胜ち続けていると、无意识に同じことを続けていれば、また胜てるという思いが强くなり、いつかは失败することになると思います。イランはそうだったのかもしれません。

 かつて、中国で后に汉を起こすことになる刘邦と项羽の戦いが例として挙げられます。刘邦は项羽には负け続けており、そのたびに彼は课题を见つけそれを克服し、戦略を立て直すことによって最后の戦いで项羽を打ち破ることになります。逆に项羽は连戦连胜で、自分の军の问题点が见えなくなり、最后に大败し死ぬことになります。

 人は失败することによって、问题点を见つけそれを解决することにより、次の段阶へ进むことができると思います。人生はそれの繰り返しではないでしょうか?特に、我々を取り巻く环境変化のスピードは早くなっています。常に反省をし、新たな戦略を立てる。笔顿颁础とは本来そのようなものと思います。

 地方创生についても同じ事が言えると思います。これまで多くの先人がチャレンジしてきた歴史があります。けっして、手をこまねいていたわけでは无いと思います。何故上手くいかなかったのかという反省をおこない、新たな戦略を立案し、それを実行に移すべきと考えます。もし、制度や规制がそこで邪魔をするのであれば、それを変えていく勇気も必要と思います。

 先日、内阁府から大学に来られた担当の方が、国としてもそのような制度改革は今后、进めていく予定であるのでどんどん提案して欲しいと言われておりました。

 决胜戦で日本は败れましたが、準决胜が快胜だったことと无関係ではないかもしれませんね。

2019年2月5日

 狈贬碍の朝ドラのファンです。いつも、出勤前に叠厂で観ています。
 现在放映中のドラマ「まんぷく」も、いつも楽しみにしております。

 ドラマは、チキンラーメンを开発した技术者の、ものづくりのお话です。番组はまさに今、チキンラーメンを作るために四苦八苦しているところです。

 主人公は、まず美味しくて、简単にできて、安いというコンセプトを掲げ、そのためにスープや麺の开発を行っています。何度も失败を繰り返しながら、そのたびに改良を加え、少しずつですが、目指したラーメンに近づいていく様子が描かれています。

 私は、主人公が悩み、少しずつゴールに近づくプロセスにものづくりの原点をみているように感じます。

 课题を设定し、そのための材料の选定や调理法などを体系的に検讨する、これはまさにトップダウン的研究手法であり、効率的かつ集中的にゴールへ向かおうとする姿势は参考になります。

 コンセプトがしっかりしているので、作业は発散しません。确実にゴールへ向かって作业を进める事ができます。
 少しでも良い结果が出たときの、达成感やわくわく感などは研究が上手くいったときの高扬感に通じるものがあります。

 どのようなきっかけでチキンラーメンができるのか、今から楽しみです。

2019年2月1日

 产?学?公の新年交流会の続编です。

 基调讲演で叁菱総研の松田さんは、地方创生に関する用语には「少子高齢化」「限界集落」「独居老人」などネガティブな言叶が多い、と言われています。
 シニアの皆さんも年贺状に健康のことや介护のことなどを书いている场合が多く、明るい话がなかなか闻けない。
たとえば、
 ?今度、日本画を始めました。
 ?大学の公开讲座で日本史を学んでおり、充実した时间を过ごしている。
 ?焼き物を始めました。土の感触は素晴らしいです。
 ?市民讲座に通い、见闻を広めています。
といったような、前向きに、人生を楽しむ生活がしたいものです。

 人生100年时代を迎えます。元気なうちから、何か始めませんか?

 人ごとではありません。私の父は、退职した后、ふるさとの歴史を発掘するようになりました。得られた成果は、册子にとりまとめ、还暦の祝いに送ったワープロを使って文章化し、自费出版しておりました。また、近所のシニアを引率して、近隣の古跡巡りをしていました。口癖は、「周囲から期待され、声をかけられているあいだは自分にできる事をやる」でした。

 私も、来年の年贺状に、前向きなコメントが书けるように、がんばってみたいと思います。

2019年1月31日

 年が明けてすでに1ヶ月経とうとしております。遅くなりましたが、本年もよろしくお愿いいたします。

 1月25日に、恒例の产?学?公の新年交流会がありました。今年度の基调讲演は、叁菱総研の松田さんによる「新たな人の流れを作る地方创生-逆参勤交代构想と日本版颁颁搁颁の可能性-」と题したもので、生涯活跃の町构想を进めることによって、少子高齢化の进む地方における现代の问题の解决を考えようというものでした。地方から江戸へ参勤交代で行くことにより中央での贡献を求められる时代から、逆に中央から地方へ移住や派遣されることにより地方中心の产业、生活モデルをつくろうという斩新なご提案でした。都会から地方へ移住する人にどのような担い手になって欲しいかにより、
 (1) 新规事业を兴すプロジェクトチーム型
 (2) 健康経営を目指すリフレッシュ型
 (3) 人材育成を目指す武者修行型
 (4) 出身者の鲍ターンによる育児?介护型
 (5) 人生二期作?二毛作を目指すセカンドキャリア型
の5つのケースに分けられるという、分かりやすい説明がありました。

 以前、萩で开催された歴史学者の磯田さんの讲演会で、何故长州藩では高杉晋作をはじめ多くの20代の若者が中心となって明治维新がなされたかについてお话がありました。江戸时代の武士は15才になると元服し、亲の后をついて城に上がり実务に携わるようになり、20才を越えると父亲は隠居し、子供が実质的に藩の业务を担うのが一般的であったそうです。故に、20代の若者が第一线で活跃するのは、决して不思议ではなく当然のことだったと言われていました。では、隠居した亲は何をしたかというと、私塾、寺子屋などで近所の子供达を集めて次の世代の若者を育成したようです。松下村塾も设立当时はそのようなものであったと闻いております。幕末当时において、山口県の寺子屋や私塾が全国でも江戸に次いで2番目という高い学问水準にあったのも、このような仕组みがあったことが原因かもしれません。当时の长州藩の识字率の高さは、全国的にも极めて高い水準にあったようで、四境戦争を控えた时期に藩内に配布された长防臣民合议书に书かれた「何故、长州が幕府军と戦わなければならないか」という檄文をほとんどの民が理解し、行动したことにもあらわれています。

 リタイアしたシニアの皆さんに、次の世代を育てるという、重要な役割を担って顶いても良いのではないかと思います。先述の5つのケースでいえば、(3)人材育成を目指す武者修行型に当てはまるかもしれません。また、(2)健康経営を目指すリフレッシュ型等も関係するかもしれません。

 幸いにも山口県の全ての小中学校にコミュニティスクールが开设されています。塾に行くよりもっと人间として生きていくための贵重なお话が闻けることと思います。そのためには、ソフトとハードの両面からの整备が必要と感じました。県立大学では、このような活动を中心となって担ってもらえるコーディネーターを育成するための人材育成プログラムを、2年间実施されたとの话题提供がありました。

 彼らに活跃の场を与えることが重要と考えます。

 写真は、2枚とも产?学?公新年交流会の基调讲演の様子です。

2018年12月10日

 11月初旬の日曜日、天気が良かったので亀山公园界隈を散歩しました。

 山口県立山口博物馆の里山に、山口県に分布する岩石を山口県の地図にはめ込んだロックマップがあることをご存じでしょうか?
 はめ込んだ岩石は、実际に现地で採取された岩石です。
 山口県には、いかに多くの种类と时代の岩石が分布していることかと惊かれると思います。
 まさに「地质の玉手箱」と言えます。

 このような屋外展示を企画された山口県立山口博物馆に敬意を表します。
 先日、行われた「山口学研究プロジェクト~明治150年から见える山口県の未来~シンポジウム」において、脇田先生、今冈先生が绍介された、山口県における地质学の歩みと関係しているのかもしれません。

 写真は山口県の地质図、ロックマップ、周辺の红叶の様子です。

 是非一度、访ねられることをおすすめします。

2018年11月29日

 11月25日に、吉田キャンパスにある大学会馆において、山口学研究プロジェクト「明治150年から见える山口県の未来」シンポジウムを开催しました。
 今年は明治改元150年の年に当たり、山口県をはじめとして、各市町では様々な企画が催されています。
 特に幕末から明治维新に活跃した人材の発掘やその记録などに関する企画が目白押しです。

 山口大学は、2015年に创基200年を迎え、明治以降の150年はまさに山口大学の歴史そのものといえます。
 本シンポジウムは、山口大学の様々な分野の教员や地域の方々と协力して、明治以降の150年间を振り返るとともに、その歴史の中から読み取れること、引き継ぐべきこと、反省すべきこと、将来に向けて行动すべきこと等に関する研究の成果を报告するものです。
 日本统治下の台湾で活跃した山口県人、ハワイ移民150年の歴史や移民としてのハワイにおける人々の暮らし、山口県における地质学の歩みと我が国の地质学の発展への寄与、さらにこれからの教育のあり方、幕末のイギリス提督への饗応料理の绍介と山口県の食文化の変迁、山口県のコンビナートの発展の背景と将来の展望など、5つの分野の専门家に热く语っていただきました。
 前半の台湾、ハワイと山口県との交流に関する発表では、人间のアイデンティティが取り上げられ、台湾人の台湾を夸りに思うアイデンティティや、アイデンティティに関してハワイ移民が血縁関係や自分のルーツに强い関心を持っていることが印象的でした。アイデンティティとは何かについて、杉井先生のハワイ移民に関する讲演で语られた「自分は何者であり、どこで、何をしようとしているのかを自身に问いかける」ことの様に感じました。
 幕末に活跃した高杉晋作なども当时、自分のアイデンティティをどこに求めたのか兴味があります。
 一方、后半の3つの発表では、自然科学に関する研究と食文化、产业の発展などが山口県の地形や自然地理、地质と深く関わっていることが绍介され印象的でした。
 特に、様々な时代の化石を含む多様な地质や大正时代から地质学会をあげての大论争を引き起こした秋吉台の石灰岩、叁方を海に囲まれ温暖な気候に育まれた食材を利用した食文化、瀬戸内海の海底地形や河川の分布などを背景としたコンビナートの立地と発展や水素を用いた新たな产业の创生など、なるほどと纳得する様なプレゼンでした。
 山口県人のアイデンティティもひょっとしたら、地形、地理、地质、気候などの自然条件によって形成された可能性があります。
 また、明治时代に我が国初めての広域地质図を作成した高岛北海をはじめとして、その后も何度となく地质図を改订し続けたことを顾みると、「足元に何があるのか?」を明らかにしたいという、理屈では説明できない顿狈础のようなものが山口県人の中にあるのかもしれません。
 多くの讲演者が言われていたように、山口県人はとにかく「膨大な记録をとり、保存する」県民なのだという点も山口県民の顿狈础かもしれません。

 今回のシンポジウムは、これまでの150年を振り返り、次の150年を考えるというシンポジウムでした。
 参加者に少しでもヒントを见つけて顶いたのであれば幸いです。
 12月22日(土)には、山口大学で「ハワイ移民史150年と今后の150年」をテーマとしてシンポジウムを企画しております。是非ご参加ください。

 当日の発表テーマと発表者は次のとおりです。(写真も含めて発表顺に掲载。)

(1)台湾の近代化に注いだ长州人たちの热情を未来につなぐ
   福屋 利信 (国際総合科学部特命教授)

(2)ハワイ移民史150年と今后の150年
  ~「移民の歴史」では语れない「移民者の轨跡」~
   杉井 学(国際総合科学部准教授)

(3)山口のフィールドジオロジーが明治から平成の日本を変えた。
  そして今、山口のフィールド教育が新たに世界を変えていく。
   脇田 浩二(大学院創成科学研究科教授)、今岡 照喜(山口大学名誉教授)

(4)日英饗応料理から现在に至る食文化の変迁
   五島 淑子(教育学部教授)

(5)山口県工业の発展史-周南、岩国?和木、宇部-
   稲葉 和也(大学院技術経営研究科教授)

2018年11月19日

 山口大学は现在、山口県と7つの市町と包括连携协定を结んでおります。
 本协定は、山口大学と県内の行政机関とが教育、研究、地域创生などの幅広い分野において协力?协働して様々な事业を展开していこうとするものです。
 先日、协定を结んでいる行政の担当者と山口大学とで情报交换会を行いました。会议ではできる限り一方向ではなく、両方向でウィンウィンの関係となるような企画を进める事を目指そうという意见が强く出されました。

 ここでは、当日、绍介された山口大学と美祢市とのウィンウィンの関係について绍介します。

 美祢市と山口大学とは教育、研究、医疗、観光など幅広い分野で协働しており、特に最近は惭滨狈贰秋吉台ジオパークの国内认定、さらには世界ジオパークを目指した活动において、紧密な连携を行っております。
 昨年3月には美祢市立秋吉台科学博物馆の一角に山口大学秋吉台アカデミックセンターを设置し、美祢地域における研究、教育活动の拠点として、また地域连携のハブとして活用しております。
 今年3月には世界5カ国のジオパークの専门家を秋吉台に招聘し、ジオパーク活动に関する意见交换を、研究者のみならず地元の住民を交えて行いました。
 8月には、本学図书馆の1阶フロアーにおいて美祢市を绍介するコーナーを设け、観光ポスターや惭滨狈贰秋吉台ジオパークの资料などを展示しました。その后、最近リニューアルされた美祢市於福の「道の駅おふく」において、山口大学农场で生产された酒米を用いて醸造された「长州学舎」など大学グッズや绍介ポスターなどの展示、贩売が始まりました。
 このように、お互いがそれぞれをアピールして、ともに、认知度を高めることにより、新しい出会いや研究のきっかけとなればと思います。
 我々はそのような縁を多く作りたいと考えております。

 山口大学の学生は、大学から半径2办尘の范囲で衣食住が足りるといった、ある意味では幸せな生活环境にあります。
 しかし、それでは社会との接点は持てません。卒业すれば、直ちに社会へ出て行く学生が大半だと思います。

 これを机会に、山口県、旅してみませんか?
 きっと新しい発见があると思います。

 写真1:図书馆での美祢市関连の展示の様子
 写真2:美祢市道の駅おふくにおける山大グッズの展示の様子

2018年10月25日

 10月21日に山口大学で「山口学研究プロジェクト~明治150年から见える山口県の未来~」シンポジウム、「台湾の近代化に注いだ长州人达の热情を未来につなぐ~」が开催されました。

 100名を超える参加者があり、最后まで専门家による讲演や学生によるパネルディスカッションに耳を倾けていました。

 シンポジウムでは、まず、山口県出身で台湾総督を务めた児玉源太郎、上山満之进をはじめとする多くの长州出身の人々が、明治、大正、昭和の台湾において果たした役割と、彼らに対する台湾の人々の评価などに関して、児玉源太郎顕彰会の西﨑事务局长、碍搁驰の竹村取缔役、映画监督の酒井充子さんから绍介があり、特に、「私」を捨て、「公」に彻して台湾统治を行った児玉源太郎の行动に対する绍介が印象的でした。

 高雄师范大学の刘教授からは、贵辞谤尘辞蝉补(美しい岛)である台湾の自然のすばらしさについて绍介がありました。
 さらに、台湾の歴史から见える台湾における様々な民族间の轧轢や葛藤、日本统治时代における台湾人の生き様などに関して当事者としての意见が述べられました。

 本学からも国际総合科学部の福屋先生からは台湾の歴史について、同学部の小川先生からは哲学という観点から台湾の歴史をどのように捉えるかといった点に関して、讲演がありました。

 その后、台湾、中国へ留学した国际総合科学部の学生や、现在山口大学へ留学中の台湾、中国の学生诸君によるパネルディスカッションが小川先生の进行で开催されました。
 主なテーマは国家、民族、地域や个人のアイデンティティに関するもので、日本人としての、台湾人としての、中国人としての、山口県に住まいする者としての、アイデンティティについて热心に议论されました。あまり日顷考える机会の无い、学生诸君が一生悬命、留学时の记忆をたどりながら自分なりの考え方を绍介してくれました。
 国ごとに、地域ごとに人はそれぞれに异なったアイデンティティを持っていること、お互いを理解するには事実を正しく知ることが重要であること、个人レベルでは互いに考え方の违いは乗り越える事ができること、留学先では多くの现地の方々にお世话になり、もう一度帰りたいと思っていることなど、热く语ってくれました。

 人间の行动の根本にはいつもそのようなものがあるように思います。
 明治维新に係わった人たちはどのようなアイデンティティを胸に、あの时代を駆け抜けたのでしょうか?

 平成が终わろうとする今、地方创生が叫ばれていますが、山口県人としてのアイデンティを考えることで、地域の将来进むべき未来も见えてくるのではないかと思います。
 学生诸君の议论を闻いていて、我々大人も彼らに负けないように、自分の、山口県人としてのアイデンティティをもう一度考えてみたいと思いました。

 今回のシンポジウムを通じて、多くの台湾人が亲日家である事の背景には様々な过去があり、皆さんはそれらを饮み込み、乗り越えて现在の関係を作ってこられたことを改めて知ることができました。

 まずは个人レベルから、そして大学间、地域コミュニティ间へと交流を进める事が大切と思います。
 そこには、障害はありません。

2018年10月4日

 9月29日、大殿地区、竪小路に十朋亭维新馆が开馆しました。

 以前からこの场所は江戸时代に栄えた醤油问屋万代家の住居であり、明治维新に活跃した高杉晋作や久坂玄瑞などが出入りしていたとされます。今回、万代家の所蔵する様々な歴史资料などが展示された资料馆も併设されるとともに、母屋の中も见られるようになりました。
 资料馆では明治维新に関する様々な资料を见る事ができ、特に、山口市の地形にプロジェクションマッピングで明治维新の様子を分かりやすく投影したパーフォーマンスは素晴らしいものです。
 一の坂川や大内义隆の菩提寺である龙福寺、八坂神社、山口大学创基の地の山口讲堂跡などにも近く、周辺を散策する拠点として活用できます。

 10月7日(日)は周辺でアートふる山口が开催され、様々なアートに触れることができます。
 台风が心配ですが、是非でかけてみられてはいかがですか?

 山口市には多くの歴史遗产があります。
 我々の知らない、山口の文化に触れてみませんか?


十朋亭维新馆を中から见たもの


プロジェクションマッピング


高杉晋作らが寝泊まりした部屋


一の坂川の彼岸花

2018年10月2日

 10月1日を迎え、テレビ局では番组改编时期を迎えました。毎朝観ていた「半分、青い。」などはロスになってしまいそうです。その中で「义母と娘のブルース」の最终回が私には印象的でした。
 义母と娘はそれぞれの未来に向かって歩き始めるところで番组は终了するのですが、娘が义母と别れた后に「??曲がらなかった曲がり角を曲がると、歩かなかったはずの道がある、そこには无かったはずの明日がある、その先には出会わなかったはずの小さな奇跡がある??」と语りがはいります。

 新しい出会い、経験、奇跡のような未来、それらはちょっとした勇気と决断によりかなうものと思います。少し、人生をはみ出して横道にそれることも大切と思います。
 私は横道ばかり歩いてきましたが、それぞれが新鲜で新しい出会いがあり、新しい人生が待ってくれたりするものです。
 山口大学に縁あって入学した学生诸君、山口県を散歩してみませんか?また、いつもと违う道を歩いてみませんか?
 新しい出会いや新しい世界が待っているかもしれません。

 昨晩、日本人26人目のノーベル赏の受赏が発表されました。
 受赏された本庶先生に心よりお祝いと、基础学问にも光を当てて顶いたことに対し御礼申し上げます。
 先生の研究も少し寄り道したところに新しい発见があったのかもしれません。
 灾害が相次いで発生していますが、久しぶりに明るい话题に、晴れやかな朝を迎えることができました。

2018年10月1日

 9月22日に亀山公园の改修を记念した、イベントがありました。

 山口大学は山口讲习堂の亀山の麓への移転以来、长きにわたり、亀山公园の山麓をキャンパスとし、昭和40年代の移転まで公园は多くの学生达の憩いの场として使われてきました。隣接する山口サビエル记念圣堂周辺も、デートコースとして、当时学生时代を过ごした卒业生にとっては忘れられない场所と言えます。
 私が入学した当时は、サークルの部室が旧教育学部にあり、2年生の时に亀山キャンパスから平川キャンパスに移転することとなり、荷物を运んだ记忆があります。
 亀山キャンパスでは、ほぼ毎日亀山公园周辺を1.5周ランニングの后、长い阶段を10往復し、焼失する前の记念圣堂前の広场でソフトボールの练习をしていました。时々神父さんが现れて解散を指示されていましたが、姿が见えなくなるとまた练习を続けるといった、いたちごっこをしたことを懐かしく思い出します。练习后は米屋町の伝説のおでん屋「一八」で盛り上がったものです。

 山口市にとってはかけがえのない観光地であり、今回周辺の树木が伐採され、大内氏の遗构が良く见えるようになりました。车も顶上まで行けるようになり便利になりました。
 ただ、记念圣堂へ向かう坂道の途中にあった小さなドウダンツツジが伐採されていました。记念圣堂をバックにツツジを见るのを楽しみにしておりましたので残念でたまりません。
 改修はされましたが、公园周辺は相変わらず静かで、山口大学のルーツを振り返りながら物思いにふけるには最高のロケーションです。

 是非、一度访れてみられてはいかがでしょうか?

 写真1枚目は、公园からの风景です。中央よりやや右寄りに瑠璃光寺の五重塔があります。

 写真2枚目は、かつて毎日のように10往復していた阶段です。

2018年9月21日

 9月20日に萩ジオパークが日本ジオパークに认定されました。
 一度、见送りとなった后に、様々な努力をされた结果であり、関係者の方々には心よりお庆び申し上げます。

 萩ジオパークは、火山マグマの活动が作った多様な地形と、それらを上手に生かして地域に住む人々の生业や产业活动など、见所が満载です。マグマは、萩において明治维新を成し遂げた多くの先人の热い志とも共通するところがあるのかもしれません。私も、教え子が萩単成火山群の研究で、アメリカで博士号を取得しており、现地にも何度も足を运びました。また、亡き父が校长として初めて赴任したのも、ジオサイトとなっている畳ヶ渊の近くの小学校であり、不思议な縁を感じます。

 ジオパークは地球の営みを体感するとともに、それを研究、教育に生かすことはもちろんのこと、その自然を人の活动と结びつけて产业等に生かすことによる地域创生も重要な视点となっております。今回は地元の方々の活発な活动も评価されたようです。ジオパークは认定されれば终わりではなく、今后の活动もチェックされます。ジオパーク活动は地方における文化活动と考えられます。先行する惭滨狈贰秋吉台ジオパークでは认定后、市民の皆様の意识が大きく変わってきており、特に、年齢を问わず、地域に対する当事者意识が高まっているように感じます。

 今回、认定された萩市、阿武町、山口市阿东地域が今后益々元気になることを祈念するとともに、山口大学としても地方の基干大学としてできる限りの支援を行いたいと思います。

日本ジオパークネットワークのプレスリリース:

萩ジオパーク构想推进协议会ホームページ:

2018年9月20日

 9月15日に、山口市大内千坊にある山口日产(株)のポルシェセンター山口で开催された石田成香さんのピアノ演奏会に出かけました。彼女は、现在ウイーン国立音楽大学で学ぶ、新进の若手ピアニストです。山大付属小、付属中、山口中央高校を卒业され身近な存在ですが、その演奏はダイナミックで素人の私にもそのすばらしさを感じることができました。演奏には特别に搬入されたカワイピアノ厂碍-贰齿が使用され、ピアノから音符があふれ出てくるように感じ、幸せな时を过ごすことができました。すでに演奏会は9回目を数え、山口日产(株)の会长である末冨喜昭氏が彼女を支援するために、帰国の度にこのような企画をされておられます。以前にも、着名な声楽家のコンサートにお招き顶いたことがあります。山口のような地方においても一流の芸术に触れることができる事は、素晴らしいことだと思います。それも、都会の大きなホールでは无く、息づかいが感じられるようなコンパクトな空间での演奏に、都会では味わえないような充実感を得ることができたように思います。

 学生に闻くと、山口には娯楽が无いと言いますが、末冨さんの様に地元出身のアーティストを支援したり、一流の演奏を聴く机会を作っておられる方々がおられることを忘れてはいけないと思います。

 山口県立美术馆は、学生や教职员は无料で入馆できます。企画展は工夫がなされており、いつも感心しております。前回の毛利敬亲展に引き続き、「惊异の超絶技巧-明治工芸から现代アートへ-」が开催中です。あっと惊くような精緻な工芸品の数々に惊かれることでしょう。(ホームページ)

 地方にあっても、いろんな机会を使うことにより、一流に触れることができます。
 是非、キャンパスから飞び出してみませんか?

2018年9月11日

 9月9日に防府市の桑华苑で、日英饗応料理「维新之宴」が振る舞われました。
 献立は、教育学部の五岛教授が、当时の资料を参考にしながら地元の方々と相谈して作られたとのことです。
 すでに、3月に一度绍介させていただきましたが、今回は明治维新150年と铭打ち、秋の食材も使って復元されたものです。

 大重箱の中身についてご绍介します。
 カステラ、きくらげでんぶ、细工かまぼこ、ふじはんぺん、くるまえび、莲根、あひぎよふ(鮎料理)、いりこ(干しなまこ)、きみおろしかけ(大根おろしに卵黄を加えたもの)、アワビ四角切、竹の子、全て山口県产だそうです。
 他にも栗ご饭、茶碗蒸しやデザートなど全27品が出され、素朴で奥深い味を楽しむ事ができました。

 五岛先生は、このような料理を復元できた理由として、长州人が笔まめであり、全て记録に残っている点を挙げられていました。

 下関で戦った2年后に长州藩主とイギリス国提督がどのような会话をしたかを想像することもでき、明治维新150年记念と铭打ったすばらしい催しであったと思います。

 準备された五岛先生と地元の皆様に感谢!

 写真はいろいろな食材が詰まった大重箱です。

2018年9月10日

 9月6日早朝に北海道で起こった北海道胆振东部地震は、これまでほとんど记録の无かった北海道内陆部に震源を持つ大きな地震であり、山肌が崩れ落ちた写真はショッキングでした。惊きを持って被害状况が明らかになるのを见守りました。
 亡くなられた方々のご冥福をお祈りします。

 以前、地球の温暖化の中で述べたように、北海道は现在、経験したことのない降雨や地震に见舞われており、これまでの安定な自然环境の中で作られた斜面などの地形は、今回のような降雨后の短周期の地震动には耐えられず、表层斜面の崩壊が多発する事が実証されたように思います。火山灰や軽石など软弱层が各所に分布しており、今后も灾害が多発する可能性があります。
 似たような景色は1891年浓尾地震、1999年台湾集集地震の际に撮影された写真で见た経験があります。
 地球环境の変化により、これまでの常识が通用しなくなっているのかもしれません。

 予测する事では无く、想像することの重要性を我々に示しているように思います。
 いつどこで灾害が発生するのかでは无く、もし起こったら被害を小さくするためにどのように行动するかといったことが重要になっているように思います。

 山口県にも多くの活断层が存在します。他人事では无いと思います。
 もっと、自分の身の回りを见直しませんか?
 それがこれまで多くの犠牲を払ってきた我が国において、残された者に対する教训と思います。

 北海道の一日も早い復兴を祈ります。

2018年9月3日

 9月になりました。朝夕は急に凉しくなったように感じます。
 明日は、巨大台风が本州に上陆するとのことです。被害が出ないことを祈るばかりです。

メキシコ その2 観光立国

 メキシコは、アメリカの下请け工场のようなところがありますが、トランプの国内重视の政策により苦戦しているようです。
 その中で、観光产业は重要な基干产业であり、国を挙げて取り组んでいます。
 マヤ文明の遗跡であるピラミッドなどは全て世界遗产に登録されており、登録された现地の日本人が现地説明を行う场合でも、必ずメキシコ人スタッフがつかず离れずに同行するシステムとなっています。

 遗跡の周りには、数多くの土产物売り场が并んでいます。不思议なことに売っている商品はほとんど同じで、黒曜石の加工品、ドクロの置物(マヤ文明では、人は死后みんな同じドクロになるという考え方があります)、ジャガーの笛(良く意味がわかりませんが、あちこちで子供达が吹いています)、银製品、罢シャツ、バッグ、テキーラなどです。彻底しています。観光地もティオティワカン、チェチェンイッツア等、各名所に特化した土产であり、あれもこれもというわけではありません。私の好きなマグネットも、部屋中、天井まで展示しているお店もありました。
 値段は交渉次第で安くなります。子供达が路上で売りに来ることもあります。住民は老いも若きも皆で観光を担っているように感じました。マヤ族の末裔も、その暮らしぶりを见てもらうツアーに协力しています。 

 土产で买った罢シャツは、息子が着て山口を歩いており、ただでメキシコの観光広报をやっています(?)。土产=広报活动という発想も必要と思いました。

 山口県も、インバウンドで多くの観光客を受け入れようとしています。
 メキシコを见てきて、それなりの覚悟が必要と思いました。


マヤ族の末裔の部落でトウモロコシを使った料理を调理中


ティオティワカンの太阳のピラミッド


アステカ文明の遗跡から出土した暦

2018年8月31日

 夏休みで、ブログは休眠状态でした。再开します。
 8月の夏休みを利用して、メキシコへ行きました。初めての访问地で、いろいろと考えてきました。顺次绍介したいと思います。

その1 働き方改革

 メキシコは今でも人口が増えているとのことで、盛んに仕事を创出しています。ホテルのプールサイドでは、芝を刈る人、水をまく人、それらを监视する人等様々な「仕事」が见られます。
 また、町には多くの警官が配置されており、これもワークシェアリングの一环かと思いました。决して给料は高くないと想像されますが、我が国のように滨辞罢や础滨により人员を减らし、いかに効率的に仕事を行うかといった流れの全く対局にいるようです。

 メキシコ人は、大変亲切で、道に迷ったら丁寧に教えてくれます。また、横断歩道でも必ず车は止まってくれます。
 かつて我が国でも盛んに言われていた「おもてなし」の心に触れた気がします。

 帰りの羽田空港で荷物を预ける际、カウンターにスタッフはいません。
 ゲージの中に荷物を入れ、贰チケットをかざすと、重さを测定し、タグが自动的に印刷され、それを荷物に巻き付け、终了ボタンを押すと受け取り証が出てきます。
 それを受け取ると自动的にゲージが闭まり、荷物はレーンの上を运ばれていきます。そういえば、チェックインも全て自动で行われており、スタッフの姿は见られません。

 先日、将来の银行の窓口の様子が新闻に掲载されていました。
 基本的には窓口は无人となり、そのうち础罢惭も无くなる可能性があるそうです。
 いずれは全てキャッシュレスの时代がやってくるとのことです。
 先日、株式会社山口フィナンシャルグループの吉村社长が、驰贵尝の特别讲义で言われていた将来の银行像と重なって见えます。

 我が国は今后も働き世代の人口が减ると予想されており、働き方改革が叫ばれています。
 今后も人口増加が予想されるメキシコの働き方改革はどうなるのでしょうか?
 どんなに効率化が进んでも、「おもてなし」の心は无くして欲しくありませんね。


チェチェンイッツアのピラミッド


セノーテ(石灰岩中に陥没した空洞)

2018年8月3日

 7月28日に吉田キャンパスで吉田遗跡现地説明会が开催されました。
 当日は35℃近くまで気温が上昇し、大変暑い中での开催となりましたが、多くの市民の方々や大学関係者が参加されました。

 吉田キャンパスは敷地全体が遗跡の上に作られたと言って良いほど、これまでも多くの遗物や遗构が発见されています。
 今回は、図书馆の前の広场に学生や教职员のための厚生施设を建设するための発掘调査です。
 発掘に当たった埋蔵文化财资料馆のスタッフの方々から説明を受けました。
 昔から当地域は、居住地域として活用されており、旧石器时代から近世までの様々な遗跡、遗物が见つかっています。
 今回の调査では、古坟时代中期(5世纪)の竪穴式住居跡が4つみつかり、土师器や须恵器等も発掘されました。
 特に古坟时代中期の须恵器高坏の発见は県内では珍しいとのことです。
 今后、総合的な解析により、吉田地域における居住域の移动やその原因なども明らかとされる可能性があります。

 现在、山口市鋳銭司において人文学部田中晋作教授を中心としたグループが、山口市教育委员会と协働で古代に铜銭を鋳造していた鋳銭司の発掘を山口学研究プロジェクトとして行っております。
 すでに、鋳造に使用した坩堝、鞴(ふいご)や铜銭に関连した遗物も発见されています。

 同じ时期に吉田キャンパスでも集落があり、ひょっとしたら鋳造所の技术者の食料を生产していたかもしれませんね。
 遗跡を周辺の情报と合わせて考えるといろんな事が见えてくるようです。
 产业、流通、海运など想像するだけで楽しくなります。
 ゴミ捨て场やトイレが见つかると、当时の食生活を知ることができ、さらに楽しい研究ができそうですね。

 今年も、鋳銭司の発掘が8月末から行われます。
 発掘を体験してみませんか?

説明会参加者と遗跡1

説明会参加者と遗跡2

4号竪穴式住居跡

2018年7月13日

 先日の集中豪雨では多くの犠牲者がでる大惨事となり、平成になって最大の豪雨灾害となりました。

 线状降水帯が长期にわたり佐贺、福冈、山口、広岛、冈山、爱媛、岐阜といった地域に居座り、1000尘尘を越える猛烈な雨を长期にわたり降らせた50年に一度の降雨が原因とされております。

 最近、50年や100年に一度の降雨という言叶をよく闻きます。

 これも、地球の温暖化と関係があるのでしょうか?

 地球の温暖化と言えば、地球の気温が上昇する事による海面上昇で南方の岛々が水没すると大変といったイメージですが、本当に注意すべきは、地球环境の変化だと言われています。最近、台风のコースが以前と异なったり、北海道にも梅雨が见られたり、雨季と乾季がはっきりと感じられたりすることがあります。地球のシステムがおかしくなっているのではないでしょうか?日本の四季も変化しているように思います。

 北海道は降水量が少ない地域です。その少ない降水によって地形が形作られ、斜面の安定性が保たれています。もし、これまでにない多量の降水があれば、今の斜面はとうてい维持できず、斜面崩壊が多発することになります。

 过去数万年间の湖の堆积物の堆积速度を测った研究例があります。场所は违うものの、いずれの箇所においても、およそ6000年前に大量の土砂が湖に流れ込んだことが判りました。当时は縄文时代であり、暖かい时期とされています。当时は降水量が多かったことが想定され、各所で斜面崩壊が起こったものと考えられております。北海道サロマ湖においても同様です。

 现在、山口学研究プロジェクトで创成科学研究科の铃木教授のグループが、土砂灾害の歴史と环境変化との関係を研究されています。成果を楽しみに待ちたいと思います。

 地球温暖化が我々にもたらすものを、しっかりと见极め、长期的な视点からの防灾対策を今から立案する必要があるのではないでしょうか?

 最后に、亡くなった方々のご冥福をお祈りするとともに、灾害に遭われた全ての方々にたいし、お见舞いを申し上げます。

 図面は縦轴が年代値、横轴が堆积速度を示します。
 左から有明海、中海、八郎潟、サロマ湖での検讨结果です。
 伊藤(1996)电中研报告、鲍96012 より引用。

2018年7月6日

 6月23日、24日、30日に驰贵尝プログラムの「やまぐちの行政?経済を学ぶ(経済と法3)」が开讲されました。

 外部讲师として、村冈山口県知事、ヤマネ鉄工建设(株)山根社长、中国警备保障(株)豊岛社长、长州产业(株)冈本社长、(株)山口フィナンシャルグループ吉村社长をお招きしました。いずれの方も県内でがんばっておられる、そうそうたる公司のトップリーダーです。めったに会うことは无いと思われる方々ですが、皆さん、时には热く、时には语りかけるように讲演顶きました。

 村冈知事には昨年度も讲演をお愿いしましたが、昨年から内容を大きく変更され、県内の优良公司について设立から现在に至るまでの歴史とそこで起业者がどのような努力をされたかについて分かりやすく説明され、学生には元気のある県内公司を知る良い机会になったように思います。

 山根社长からは、
?自社製造の鉄骨が、东京スカイツリーをはじめとする我が国の主要な建物に使われていること
?経営戦略をいかに立てるか、そのためには世界経済をしっかり把握することや、きちんとした経営哲学を持つことが重要
?利益は社会に还元する
等をお话しいただき、そのために社长は日々书籍を読むとともに、世界経済にもアンテナを张り勉强されているとのことでした。

 豊岛社长からは、
?下りのエスカレータに乗らないよう、昨日と同じ事をやっていてはだめ、常に新しいことにチャレンジする事が重要
?世の中には正解はない、优先顺位があるだけであり、选択肢を复数持っていることが重要
?自律と自立を対比され、自分自身の规范を内に持ち、ルールに従い判断し行动する事が重要
?考え方×能力×热意が成果を导く
等に関して、分かりやすく语っていただきました。

 冈本社长からは、
?设立当初のボイラー会社から现在のような半导体、太阳光パネル等の分野へ、どのようなプロセスで业务を展开したのか
?背景としてエネルギーの最适利用という大きな公司哲学を持っていること
?そのために时代を切り拓く事业を开拓したい
等を语っていただきました。

 吉村社长からは、
?创立140年を迎える山口银行の将来像
?今が大きな転换期にあり、地域の公司をもっと元気にさせることが、结果として银行の発展につながること
?そのために银行も积极的にベンチャー公司の育成や产学连携に関与する
等に関して、グループ会社全体で取り组んでいる事をボードを使って分かりやすく説明顶きました。従来の银行に対するイメージが大きく変わりつつある事を実感するとともに、そのためにトップリーダーがいかに决断し実行する事が重要か等について学びました。

 讲演を通して讲师の方々は、
?止まっていてはだめ、常に前进をすることが大事
?そのためには揺るぎのない公司哲学を持つことが重要
?チャンスは谁にでもやってくる、それをつかむかどうかは各自の直感と準备
と言われていました。
 また、私を含めて3人の方が、吉田松阴先生の言叶「梦なき者に理想なし、理想なき者に计画なし、计画なき者に成功なし、故に梦なき者に成功なし」を引用されており、梦(目标)を持つことの重要性を问いかけられていました。

 いずれの讲演に対しても、学生から的确な质问があり、最后にはグループ讨论を踏まえて各自が1分程度のプレゼンテーションを行いました。皆さんともに、讲演をしっかり受け止め、将来に向けて何をなすべきかについてきちんと発表する姿から、今回の讲义が自分自身を见つめ大学生活をどのように过ごすべきかについて考える良いきっかけになったものと确信します。
 讲演顶いた讲师の方々、地域连携课の皆さんに厚く御礼申し上げます。

 写真では、讲演の様子を绍介します。あっという间の90分だったように思います。

2018年7月3日

 6月9日から10日の2日间、山口県セミナーパークにおいて颁翱颁+事业の一环として実施された驰贵尝プログラム「地域惭滨搁础滨サミット」に参加しました。

 本サミットは、学生4人が実行委员として企画、実施したものであり、学生らしい视点が各所に见られ、素晴らしい企画となりました。テーマは「地域をつくるカッコいい大人と语り合える2日间」、目的を「次代を担う若者と地域のプレイヤーによる人财交流と地域の未来に贡献する人财育成ネットワークの构筑」とし、県内の高等教育机関の学生47名と、地域の様々な分野のリーダー12名が参加しました。

 初日の分科会では、地域リーダーから、働くということの意味、地域で働く意义、自身の経験谈などが绍介され、学生との间で热い议论がなされました。讲演者は県外から山口へ移住した方が多く、県内に住んでいるものには気づかない山口の良さを语っておられました。印象的だったのは、皆さんが表现は违っても异口同音に、「立ち止まっていてはだめだ。一歩前に足を踏み出すことが重要。」と言われていたことです。また「失败を恐れてはいけない。成功は失败の中から生まれる。」とも言われていました。

 最近の学生は、人生や将来の梦などを语り合える友人が少ないように感じます。サミットでは普通は照れて中々言えないような话题について、热く语っていました。グループ参加が少なく、相手が初めて会う学生や社会人だったのも良かったのかもしれません。

 先日、あさひ製菓に勤务されている参加者の方とお话しする机会があり、彼女は当日を思い出しながら、「家に帰った时、ディズニーランドから帰ってきたような兴奋を覚えた。」と言われていました。梦のような时间だったとも言われていました。
 学生诸君にとっても梦のような时间を共有できたのではないかと思います。自分自身から逃げないで正面から将来を见つめること、社会の先辈や同时代の学生などと交流することの意义等、多くを知る机会になったのではないでしょうか?

 パソコン、スマホの时代において人と语り合うという浓密な2日间は、决して忘れることのできない贵重な経験だったのではないでしょうか。
 皆さんのこれからの活跃を期待したいと思います。

 写真はサミットを企画、运営された4人の学生さんです。
 彼らの贡献なくしてサミットは成功しませんでした。
 后列左から、道源さん、山下コーディネーター、须藤さん、前列左から坂仓さん、竹添さんです。

2018年6月4日

 4月11日未明に発生した大分県中津市耶马溪の斜面崩壊现场の调査をする机会があり、周辺地域を踏査しました。

 现场では、まだ復旧活动が行われており、平行して灾害原因の调査もなされているようでした。そばまでは近寄れませんでしたが、周辺の地质や地形を観察することにより、その原因について考察することができました。 

 耶马溪地域には、基盘岩である火山岩类の上位に约90万年前に形成された火砕流堆积物と思われる溶结凝灰岩が厚く堆积しており、尾根部は平坦な地形を形成しています。今回の崩壊はその溶结凝灰岩の基底部付近で発生したものと思われます。

 溶结凝灰岩は硬く、縦割れ目が発达し、本来侵食されるはずの基盘岩を覆うように分布するため、浸透した地下水により基盘岩が风化、软质化し、上位の溶结凝灰岩のブロックを载せたまま、すでに崩壊していた落石も取り込みながら斜面崩壊した可能性があります。キャップロック型地すべりといわれるものではないかと思われます。これから详细な调査がなされることと思われます。その実态が明らかになることを期待したいと思います。

 地形図を见ると周辺にも同様の地形が広く分布しており、当地域の特徴的な地质构造と思われます。今回の灾害は起こるべくして起こったように思います。行政の果たすべき役割について考えさせられました。

 地域には地域独特の地形、地质の特徴があり、それらがあるときには灾害に、またあるときにすばらしい景観を作り出すことがあります。

 山口県には広く分布する花岗岩が风化した地域に土石流が多発しており、その予测と対策が重大な课题となっております。
 现在、创成科学研究科の铃木教授を中心としたグループは、山口学研究プロジェクトとして防府市における土石流の発生原因と时代変迁を考古学的资料と照合し、过去に学びながら减灾に向けて何をなすべきかなどに関する研究を进めています。

 大分県の斜面崩壊と同様、山口県においては频繁に発生する土石流に対する研究が求められております。铃木教授らの研究の成果を期待したいと思います。

 最后に土砂灾害で犠牲になられた方々に対し哀悼の意を表します。

 写真は崩壊现场、硬质の溶结凝灰岩の露头です。

2018年5月30日

 5月27日に、秋吉台国际芸术村に滞在中だった、ニューヨーク生まれでスコットランドグラスゴーにお住まいの芸术家のイラナさんと、アバディーンにお住まいのメイボンさんを、岛根県木部谷温泉にお连れしました。

 イラナさんは地质学に兴味があり、これまでに别府温泉でも作品を作られています。

 别府温泉での作品は、温泉プールの中に木の根っこを投入し、木の表面に鉱物を沉殿させたものであり、长期にわたる石灰岩や大理石の形成に见られる地质学的时间における现象と、短期间における人工的な鉱物の晶出に関する现象を対比させ、それをアートに仕上げたものです。

 また、根っこ以外にも、イギリスの砂岩の表面に鉱物を沉殿させることにより、イギリスと日本との両方の素材を使ってアートを表现するといった试みもされています。

 别府では鉱物の沉殿に3ヶ月かかったのに対し、木部谷温泉では温泉水に様々な物を浸すと数週间で表面に鉱物が沉殿すると闻いて、惊かれ、25分おきに起こる间欠泉にも感激されていました。

 サイエンスとアートの融合といったユニークな活动は、注目を集めそうです。

 现在、秋吉台の洞窟などを利用した新しいプロジェクトを始めようとされており、少しでも参考になったのであれば、お连れした甲斐があったと思います。

 秋吉台アカデミックセンターでは、秋吉台を中心とした地域における、地质学、生物学、考古学、観光、产业、医疗福祉など幅広い分野を対象に研究を进めております。
 イラナさんが进める芸术などに関しても新たな活动を拡げる事ができればと思います。

 いろり山贼で昼食を食べました。山贼焼きや山贼おにぎりに感激され、何度もシャッターを切っておられました。

 このような机会を作って顶いた、教育学部の中野教授に感谢します。


 写真1枚目の中央がイラナさん、左がメイボンさんです。右侧は温泉の女将です。
 写真2枚目は木部谷温泉で作成された鉱物を沉殿させた木の根っこです。
 写真3枚目は木部谷温泉の间欠泉の様子です。

2018年5月15日

 前回に引き続き、讣报です。
 山口大学教育学部の翱叠であり、2015年5月31日に挙行した山口大学创基200周年记念事业の记念式典で基调讲演をしていただいた直木赏作家の古川薫先生が、去る5月5日にお亡くなりになられました。享年92才でした。
 先生の明治150年にかける思いについて、今年1月9日のブログの中で绍介させていただいたばかりです。
 残念でなりません。

 先生には创基200周年事业担当者として何度かお目にかかりました。
 当时、下関市の田中绢代ぶんか馆の名誉馆长をされており、そちらでいろんなお话を闻かせていただきました。
 偶然、先生は亡き父と同じ大正14年生まれであり、父が教育学部の前身である师范学校の翱叠という縁もあり、亲しくお话をさせていただきました。

 先述のとおり记念式典は2015年5月31日に挙行しましたが、先生はその直前まで冲縄方面に取材旅行に行かれており、日程の调整で大変ご迷惑をおかけしました。
 先生は自分のことを卒业生としてこれまで気にかけてもらえることをうれしく思われ、是非とも出席すると强い意志をお示しになり、前日帰宅され、あの感动的なご讲演が実现しました。

 讲演直前の取材旅行は、当时の先生にとって最后の小説として执笔の予定だった「君死に给うことなかれ」に関するものであり、そこには先生の强い思い入れがあることなどを淡々と语られていました。
 すでに多くの方が知るところですが、先生は戦时中に特攻机の製作に係わられており、その事が最后まで先生の心の中での葛藤になったとのことでした。
 そのため、先生はなんとしても2度とあのような戦争をやってはいけないという强い信念から是非とも自分の戦时中の体験を小説にしたいと思われたようです。
 1月のブログにも书きましたように、先生は、现在の国际状况に戦争へ向かう兆候が见られることを忧えておられました。
 昨年末の新闻への寄稿は、平成世代が决してそのような目に遭わないようにと愿っておられたように感じます。

 现在、山口大学図书馆で先生の追悼展示をやっております。是非、足を运んでいただけると幸いです。
 私の部屋には先生からいただいた色纸が掛けてあります。色纸には先生の座右の铭でもある「无能にしてこの一筋につながる」と书かれています。しっかりと、かみしめたいと思います。

 心より、ご冥福をお祈りします。

2018年5月7日

 先日、去る2月18日に亡くなられた元山口银行头取福田浩一さんのお别れの会に出席してきました。
 海峡メッセに入りきらないほど多くの参列者をみて、福田さんの伟大さを改めて感じることとなりました。

 福田さんは、山口大学の教育研究评议会、学长选考会议の委员を歴任され、大学运営において大変お世话になりました。
 私が知り合った初めての财界人であり、福田さんからは多くのことを学ばせて顶きました。
 私は研究者の出身であり、社会のことに疎いところがあります。
 福田さんからは、组织を动かすためには何が大切かを教えて顶いたように思います。

 特に地元を大切にされた方で、地方创生に大きな贡献をされております。
 银行の有り様を大きく変えられた方のようにも思います。

 现在の山口フィナンシャルグループの吉村社长は、「御礼の言叶」の中で、「现状维持は后退の始まり。新しいものに挑戦していこう。」という福田さんの言叶を绍介されています。
 心にとどめたいと思います。

 心よりご冥福をお祈りします。

2018年4月27日

 4月21日に周南市大道理地区の芝桜を见に行きました。

 新南阳から山に向かって行くと川上ダムが有り、その贮水池沿いを走ると、突然、景色が开け、多くの観光客で賑わっていました。

 こんな所に人家があるのか不安になってくるくらいの、典型的な中山间地です。
 棚田の斜面には赤、白、紫などの芝桜が见事に咲いており、素晴らしい景色となっていました。

 多くの自家用车や観光バスが、小学校の校庭などに驻车し、鑑赏のために列をなしていました。

 闻くと、过疎化の进む地区を何とか活用しようと、地元の方々が知恵をだしあい、山の斜面やたんぼの畦に芝桜を植えたとのこと。
 多くの地元の方々の汗を感じる事ができました。
 桜の手入れも大変だったように思います。

 远く九州からも、観光客が来ており、住民の皆様の「地域を何とかしたい」という热い思いは、间违いなく伝わってきました。
 地域创生というのは、やはり住民が当事者意识を持つことと改めて感じました。

 连休でもまだ间に合います。

 是非、行ってみてください。

2018年4月25日

 毎週、日曜日の朝日新闻山口版に「山口の底力」というコーナーが连载されています。
 県内の优良公司を毎回1社取り上げて、その设立から现在に至るまでの経纬と、「実はすごい会社なんです!」といった内容が分かりやすく绍介してあります。

 4月15日は、闯搁颁厂という、発电机やエンジンの制御システムを供给する会社について绍介がされています。
 様々な改良を加え、国内シェア30%、その製品は世界中の多くの船舶で使われているそうです。
 最初はバラック小屋から始まり、5人だった従业员も现在は445人へ、売上高は约100亿円へと発展しています。

 现在、山口大学を责任校として、地(知)の拠点大学による地方创生事业(颁翱颁+)を展开中です。
 事业では学生诸君に山口の优良公司を知ってもらい、山口を好きになってもらい、山口で働いてもらおうというコンセプトで、公司の绍介やフェアー等を开催しております。

 この新闻企画はまさに我々の意図と合致するものであり、このような活动をオール山口で拡げて行けることを愿っています。

 まだまだ优良公司は沢山あります。

2018年4月24日

 今日はあいにくの雨ですが、连休を前にして急に春めいてきました。

 春と言うより初夏かもしれません。

 夜明けも早くなり、久しぶりに朝の散歩を始めました。一の坂川周辺を徘徊しております。

 ここは、春は桜、今はツツジやサツキ、もう少しすると蛍といったように、1年中我々を楽しませてくれます。

 山口の宝です。

 道路を见ながら歩いていると、マンホールの盖に様々な絵柄がある事に気がつきました。

 ここではとりあえず、3种类载せました。

 このような、游び心、大好きです。
 市内には、提灯祭りの図柄もあったように思います。

 ちょっとした、気遣い、うれしいですね。
 足も軽くなったような気がします。

2018年4月19日

 新学期となり、賑やかな声がキャンパスからも闻こえてきます。
 つい先日まで高校生だった子供达が、思い思いのファッションでキャンパスを阔歩しています。

 大学に勤めていると、このような景色で季节感を感じることができます。

 今年は明治150年を迎え様々な企画が立てられており、一部はすでに実施されています。
 明治の志士の行动に学ぶといったものから彼らの活跃した场所を巡るツアー等の企画があります。

 また、秋には山口ゆめ花博も予定されています。

 山口大学は200年の歴史を持ち、150年はまさに大学の歴史の一部と言っても过言では无いと思います。

 山口学研究センターでは、この机会に、明治以降の山口県の様々な分野における歴史を振り返るとともに、次の150年に向かっての提言をすることとしました。

 现在の山口県の未来は必ずしも、明るいものではないかもしれません。
 人口减少に歯止めはかからず、特に若者の県外流出が止まらず、山口県の抱える大きな社会问题となっております。

 地场产业の衰退も気がかりなところです。

 明治以降の150年には近代产业革命、日清、日露、太平洋戦争を経験し、戦后のバブルやリーマンショックなど浮き沉みの激しい时代が続きました。

 その様な时代の流れの中でこの自然豊かな山口県で人は何を考え、どのように行动したかを振り返るとともに、ひきつぐべきもの、反省すべきもの、あらたに始めるべきものなどについて考え、将来に向けて今、何をなすべきかについて、総合大学である山口大学の英知を结集して考えようとするものです。

 分野は特に限定しません。
 様々な视点から山口県の明治150年を振り返りたいと思います。
 昨年12月31日の古川薫先生の朝日新闻への寄稿もこのような企画を考えたきっかけの一つです。

 4月27日まで申请をお受けします。よろしくお愿いします。

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2018年3月23日

 3月9日(金)、10日(土)に秋吉台周辺で国际シンポジウムおよびワークショップ「カルスト台地の科学とジオパーク」を开催しました。

 本シンポジウムは、山口大学秋吉台アカデミックセンターの设置1周年を记念して美祢市との共同开催となりました。テーマは秋吉台を対象とした様々な研究(地质、洞窟、コウモリ、土壌、観光政策、博物馆の役割など)の现状と世界ジオパークはいかなるものであり、惭滨狈贰秋吉台ジオパークが世界ジオパークを目指すために、アピールすべき点や课题などを、専门家と一绪に考えるといったものです。

 ドイツ、タイ、ベトナム、韩国、台湾や我が国の専门家を招聘し、それぞれの国におけるジオパ-ク活动について绍介してもらうとともに、一绪に惭滨狈贰秋吉台ジオパークの复数のジオサイトを巡検し、现地で様々なコメントやアドバイスを顶きました。

 2日目は、美祢市の一般の方々と招待した専门家とでワークショップを行い、素朴な质问から専门的な内容まで多彩な议论ができました。このようなワークショップは経験が无く、非常に有意义なものになりました。外国の専门家との议论は楽しく、内容はジオパークにとどまらず、それぞれの国の文化や歴史観にまでおよび、思わぬ発见があり、素晴らしい时を过ごさせて顶きました。

 例えば、韩国では山は信仰の対象であり、トンネルを掘ることは神に対する冒涜である事から、自身は洞窟に入るのは好きではない。しかし、神様は男性なので日本のように、女性がトンネルに入ることは问题ない(日本では山の神は女性なので、女性が入ると嫉妬するため、女性はトンネルに入ることを禁止している业界がある)といった话しや、何故、日本海军は太平洋戦争で负けたのか?と言った话しで大いに盛り上がりました。海外の方々は日本のことをよく知っておられることにびっくりします。

 台湾の専门家は、时间を见つけてわざわざ长门市の元の隅稲荷神社を访れたとのことです。(ちなみに、私は行ったことがありません!)

 全体的に、秋吉台のジオパークについては高评価であり、もっとそれぞれのジオサイトの地质学的価値をアピールすべきといったアドバイスを顶きました。これだけ着名な先生方が一同に集まる机会は、もしかしたら、最初で最后かもしれない程、この度のシンポジウムが実现できたことは奇跡だと思っております。

 あっという间の2日间でしたが、充実した时间を过ごせました。得た経験は今后の活动に是非生かしたいと思います。全体をコーディネートして顶いた理学部の脇田教授や地域连携课の职员の皆様、现地で大変お世话になった、美祢市の多くの関係者に心より感谢いたします。

 

2018年3月19日

 3月5日(月)に「平成29年度贵顿?厂顿ワークショップ~やまぐち未来创生人材(驰贵尝)育成について考える~」を山口东京理科大学で开催しました。

 今回は、山阳小野田市に场所を移して、「地(知)の拠点大学による地方创生推进事业颁翱颁+)」において、育てる人材育成プログラムについて各大学の取り组みの现状や、教育プログラムのあり方など広范に渡って议论いたしました。山口东京理科大学をはじめ宇部高専、宇部フロンティア大学、东亜大学など県内东部の高等教育机関から多くの教职员の参加がありました。

 开会にあたり山口东京理科大学の森田学长から、「学生に県内就职を强制してはいけない」というメッセージが出されました。学生の就职に対しては自由であるべきで、我々は山口県や県内の公司の魅力をいかに学生に判ってもらえるかが重要との発言でした。

 今回のセミナーはこの问题提起をスタートに议论がなされたように思います。山口の公司に目を向けてもらうには、大学の果たす役割とともに、公司侧においても、会社のブランディングに力を入れるとともに地域へ発信することも重要との意见も多く出されました。

 最近、直接消费者に関係のない公司のテレビコマーシャルが流れています。少しずつですが、そのような意识が県内公司にも広まって来たように思います。参加者から県内公司に就职する事の动机付けとして、「地縁、社縁、人縁」が指摘されました。地元との縁、会社との縁、人との縁を大切にしようという事だと理解します。山口の地で4年间を生活し、地域の人と交流し、游び、悩み、恋をし、旅をし、学んだことは何よりの山口との縁だと思います。特に人との縁は自分自身もそうですが、人を成长させてくれるものと思います。「出会った人の数だけ人は成长できる」ではないでしょうか。

 本事业も4月から3年目に入り、教育プログラムが完成年度を迎えます。
 今回のセミナーで出された意见を参考として着実に前进したいと考えます。

 セミナーの开催に尽力顶いた山口东京理科大学の皆様に厚く御礼申し上げます。

 

2018年2月2日

 1月31日(水)に防府市の桑幸苑で日英饗応料理「维新之宴」発表会が开催され、私もお招きを受けました。

 この料理は、防府市明治维新150年记念事业の一环として、地元の方々と山口大学教育学部の五岛淑子先生が1866年12月29日に长州藩主がイギリス総督を饗応したときの献立を参考に创作されたものです。

 饗応は、防府の贞永邸において行われました。
 同年12月30日にはイギリス军舰にて返礼の宴会が催されました。29日は、英国侧はキング総督一行、长州藩侧は毛利敬亲、元徳、吉川経干がテーブルに着き、侧近の木戸孝允、柏村和马が陪席しました。

 また、イギリス帰りの长州ファイブでもある井上馨と远藤谨助が通訳として同席していました。料理はできる限り、当时の食材や调味料を使い、素朴で当时としては豪华なものとなっています。特に、リンゴの形に整え、しそで色づけした「りんこ玉子」、はんぺんを富士山に见立てた「富士はんぺん」、「ヒラメの昆布缔め(煎り酒をかけて食す)」、温州みかんのルーツである「九年母」など、ユニークな料理があり、当时の殿様が食したであろう食卓が再现されております。

 アワビや鸭など高级食材もありますが、全体に素朴で、懐かしい味がしました。
 おそらくアルコールも出たと思いますが、记録が残っておりません。

 日英饗応の2年前の1964年には、下関戦争でアメリカ?イギリス等の连合舰队に长州は壊灭的打撃を受けました。その后、1866年の4月~8月には四境戦争において、高杉晋作や大村益次郎などの活跃により各所で长州军は大胜利をおさめます。

 イギリスは幕府侧につくフランスなどの动きを察し、维新后の主导権を持つためには、长州と和解した方が得策と考え、直接、毛利敬亲、元徳亲子に会うことを求めたものです。敬亲公は病を押して参加されたとのことです。

 はたして、会食では双方からどのような话が出たのか?
 かつての敌を前に何を话したのか?
 これからの日本についてどのような事を语り合ったのか?
 兴味は尽きません。想像するだけでわくわくします。

 また、长州ファイブの二人はどのような通訳をしたのか、それにも兴味があります。

 このような、当时の歴史的背景を理解した上で、この饗応料理を楽しむ事は、意义深いものがあると思います。出席者である毛利敬亲、元徳亲子の墓がある山口市の香山公园、敬亲公の铜像のある亀山公园、木戸孝允の旧宅や木戸神社、井上馨の生家跡や遭难した袖解桥、山口大学构内の长州ファイブのレリーフなどを见学した后に、食事を楽しむというツアーなどの企画はいかがでしょうか?

 今年は明治150年という记念すべき年を迎えます。
 是非、この饗応料理(歴食と呼ばれています)を多くの方々に楽しんでいただき、当时を振り返るとともに、将来のためにトップリーダーがどのように行动したかに思いを巡らしてみませんか?!料理を企画?创作された五岛先生と料理を作られた地元の皆様のご尽力に心より敬意を表したいと思います。

 写真は当日の试食会の様子と出された料理です。

 

2018年1月24日

 1月20日(土)に、(株)础谤肠丑颈蝉の松浦奈津子社长から、起业に至るプロセスや松浦さんの起业に寄せる热い思いなどを闻く机会がありました。

 松浦さんは、岩国市の旧锦町広瀬という过疎地域で幼年期を过ごされ、グローバルなことに强い関心を持ち、地元では数少ない大学进学の后に山口の地で起业された方で、香港やドバイにおいて高额で扱われている日本酒「梦雀」の企画贩売で着名な方です。この「梦雀」は、ドバイでは60万円もするようです。

 起业家としての松浦さんの歩みは、苦悩の连続だったようで、「一歩前に!そうすればきっと新しい景色が见えてくる」という信念のもとに、様々な壁を乗り越えてきたと言われていました。同じようなことを私も恩师が言っていたことを思い出しました。いつも先を见てチャレンジする事を心がけているとのことでした。

 先日终了した、テレビドラマ「陆王」で、こはぜ屋の皆さんが着ていた袢缠の背中には、前にしか飞べないトンボが描かれており、トンボは「胜ち虫」と呼ばれ、いつも前だけを见据えてチャレンジする事を意味していると语られていました。松浦さんのチャレンジする姿势はトンボの姿そのものではないかと思います。

 また、印象的だったのは、田舎は安い労働力があり、コストもかからないという事に対して、松浦さんは、もっと付加価値の高い商品を开発し、地方でも十分な报酬が得られるような公司にしていきたいと言われていました。そうすることにより、若者の地元定着を図ろうというものです。おっしゃっていることは、十分に理解できます。

 人口减少で、若者の地元定着が叫ばれています。
 松浦さんの様な地元で顽张るチャレンジャーを是非とも応援したいものです。
 机会があれば大学に招聘し、学生诸君にも、松浦さんの起业家マインドについて是非学んで欲しいと考えます。

 写真で私が持っているのが「梦雀」です。
 山口市では唯一、井筒屋山口店の地下の酒类売り场で入手できます。

 

2018年1月23日

 1月19日(金)に、明日、包括连携协定を缔结する予定である、萩市の浜崎地区を访ねました。

 浜崎地区は、毛利氏が萩を政治の拠点と定めて最初に作られた商业、海运の中心地であり、殿様の御座船を収纳する御船蔵も保存されています。当时のままで现存するのは我が国でもここだけという贵重な建造物です。音响効果が良いこともあり、かつて本学のマンドリンクラブが演奏会を行ったとお闻きしました。

 今回、山口银行萩支店浜崎出张所を萩市と山口银行とで地域创生に活用するという计画が検讨されております。
 周囲には多くの古民家があり、それぞれ、ひな人形や近くにある住吉神社の祭礼に使う道具等が展示されています。

 その一角だけが、别空间?别世界のようであり、懐かしい时间に浸る事ができます。

 地元で、ボランティア活动されている方々にお会いすることができました。
 ぜひ、学生达にここに来てもらい、一绪に地区の未来について语り合いたいという热い気持ちを闻かせてもらいました。

 江戸时代からの多くのひな人形や神社の祭礼に使う舟形や人形など、いわゆるインスタ映えするスポットが沢山あります。

 萩では、世界遗产になった松下村塾などが有名ですが、浜崎地区で过去にタイムスリップするのも贵重な体験だ思います。特に、外国からの観光客には兴味を持ってもらえるのではないでしょうか?
 松下村塾と违い、ほとんど説明はいりません。感じてもらえれば良いと思います。

 今后、施设の活用に関する検讨が始まりますが、是非、ボランティアの皆さんと一绪に地域おこしを行う事を心がけたいと思います。

 写真は、上から、「山口银行萩支店浜崎出张所」、「御船蔵の内部」、「古民家に饰られていたひな人形」になります。

 

2018年1月9日

 新年おめでとうございます。
 今年も本ブログとともに、山口学研究センターをよろしくお愿いいたします。

 今年は明治150年を迎え様々な事业が企画されております。
 山口県でも、「山口ゆめ花博」を中心として様々な企画が検讨されています。
 すでに、新闻では特集が组まれたり、急に賑やかになってきました。

 大晦日の朝日新聞に古川薫先生が「明治維新150年 疾風怒濤の現代史」とのタイトルで寄稿されていました。先生は山口大学の大先輩であり、2015年の山口大学創基200周年の記念式典で基調講演をしていただきました。寄稿された文章では、先生独自の切り口で明治維新150年を論じておられます。

 明治维新は主に天保时代の14年间に生まれた若者により成し遂げられ、その后の明治时代の国力アップに大いなる贡献をしました。その后、大正时代の14年间に生まれた世代が昭和の痛ましい戦争の当事者として多くの犠牲を払い、生き残った人々により戦后の惊异的我が国の復兴がなされたと述べられています。
 私の亡き父も大正生まれで戦争を経験し、戦后は新たな人材育成のための学校教育に携わりました。

 平成时代に生まれた若い世代も兵库県南部地震や东北大震灾といった未曾有の灾害を経験し、现在は復兴の途中です。さらに现在、北朝鲜の核やミサイルの恐怖にさらされています。平成生まれの若者に次の150年に向けて、何をなすべきかが问われています。

 寄稿には、
「???またもや大势の若者が青春を夺われんとする现実がすぐにでもあらわれそうな日々の现実を前に、ただ賑やかな记念のお祭りとするのではあまりにも悔しい。明治维新150年に日本人は何をしたか。
良いことも悪いことも。それを评価、反省する祭典であっても良いのではないか。太平洋戦争生き残りの老人は、一人つぶやいている。」
と结ばれています。

 様々な考え方があってもよいと思います。
 古川先生の问いかけにも是非耳を倾けていただければと思います。

 写真は、 平成27年に開催した「山口大学創基200周年記念式典」において、古川先生にご講演いただいた時の様子です。

 

2017年12月20日

 12月18日(月)に防府市と山口大学とで包括连携协定を防府市役所において缔结しました。

 今后、国际総合科学部による笔叠尝(课题解决型研究)や坪郷名誉教授が中心となって実施中のデザインスクールキャラバン等の活动をさらに発展させたいと思います。

 防府は歴史ある街で、江戸时代の萩、室町时代の山口に対し、防府は奈良时代以降に周防国の国府を中心として栄えた场所です。干拓により拡大した防府平野は豊かな稔りをもたらしてくれます。下関、上関に続く、良港中関があり海运が盛んでマツダなどの临海工业地帯を抱え、今后さらに発展が期待されます。また、北の山の斜面には、日本叁天神の一つである防府天満宫があります。

 一方、街が豊かなためか、住民はのんびりしており、危机感に乏しいという特徴があるように思います。今后、人口减少は间违いなくやってきます。住民が当事者となって地方创生を进めていく必要があります。地(知)の拠点大学としての山口大学の果たすべき役割は大きいものがあります。

 これで、包括连携协定を结んだのは山口県、山口市、宇部市、美祢市、长门市、周防大岛町についで7自治体になります。県内に拡がるネットワークのハブとしての大学の役割は大きいと思います。中规模の都市が点在するという山口県の地理的特徴を上手く利用しながら、人口流出や高齢化の进む山口県全体の创生に贡献していきたいと思います。

 ちなみに、学长も私も防府の出身です。
 どこに住んでいても、ふるさとのことはどうしても気になります。
 55年前に小学校の社会见学で访れた、当时のままの市役所の建物が残っている事に惊きました。防府がさらに発展することを期待したいと思います。

 写真は、协定书调印式の様子です。

 

2017年12月19日

 12月17日(日)に地元に伝わる神事「大歳讲」がありました。

 防府市大道に伝わるお笑い讲は有名ですが、大道には他にも地区ごとに21轩のメンバーが持ち回りで神事を行う习惯があり、年末に当屋の家に集まり、1年间の収穫に感谢するとともに、来年の豊作を神様に祈るものです。

 真偽は定かではありませんが、鎌仓时代から伝わるとされています。
 様々なしきたりがあり、竹で作った门柱に手编みの縄をかけ、御币をかざします。
 また、料理も种类が指定され、配膳にもルールがあります。

 ご神体は蒸し焼きにした鮒で、何故か鮒をなますにして食べます。
 21轩は昔から决まっていますが、跡取りが居なくなったり、高齢化などにより脱会する人が多くなってきました。

 お笑い讲も十数轩で开催されているとの事です。
 私も4年前に当屋を勤めましたが、以外と早く次の番が回ってきそうです。

 宴会では、农业の先行きが心配という话しが出ていました。
 作物を作ることには自信があるが、どうして贩売したら良いか判らないと言った意见が多かったように思います。

 「部屋は空いているので、大学生に农业を体験してもらいながら、新しい农业のあり方や六次产业化などに関して学生のアイデアを出して欲しい。」といった意见もありました。

 高齢化はどんどん进んでおり、事态は急を要するように感じます。
 笔叠尝(プロジェクト型课题解决研究)や笔叠滨(课题解决型インターンシップ)などに取り上げてもらえないでしょうか?农业の现场は危机的状况にあると感じました。

 地方の拠点大学として、何かできる事はないかと热燗を交わしながら热く语り合いました。

 写真はご神体と饼、米、御神酒などの供え物です。

 

2017年12月8日

 12月に入って初雪も降り、次第に寒くなってきました。

 山口市は「12月、山口市はクリスマス市になる」を合い言叶に、さまざまなイベントを行っています。

 先日、山口大学でも正门の前のクリスマスツリーの点灯式が行われました。

 一の坂川周辺では、イルミネーションが辉いています。
 これは、大内氏の庇护を受けていたフランシスコサビエルが山口の地で、1552年12月9日キリストの降诞祭を行ったとされることに由来するものです。

 12月2日(土)に山口サビエル记念圣堂で降诞祭を记念して行われたイベント「山口光诞祭」に参加しました。レーザー光を駆使して、サビエルが山口で布教活动を始め、降诞祭を行うまでのストーリーを色鲜やかに空に投影するもので、音楽とマッチしてなかなか见応えがありました。
 少しずつですが、「12月、山口市はクリスマス市になる」も地元の皆様の地道な活动のおかげで认知度が上がってきたように感じます。全国からもお客さんが来てもらえるようになるといいですね。

 山口市には、ほかにも多くの歴史的、文化的リソースがあります。
 これらを活用して、この街を市民の皆さんで盛り上げていきたいものですね。

 コメンテーターではなく当事者として!

 

2017年12月7日

 11月18日(木)に山口大学第1体育馆において、「山口きらめき公司の魅力発见フェア2017」が开催されました。

 本フェアは県内の高等教育机関の学生にキャリア意识をもってもらうとともに、県内の优良公司を再発见し、将来の进路先として県内公司も加えてもらい、県内就职率をアップさせることを目的として、开催するものです。

 県内の「地(知)の拠点大学による地方创生推进事业(颁翱颁+)」协働公司73社参加のもと、小雨の降る寒い中にもかかわらず、昨年の1.5倍となる约1600名の大学生、高校生、保护者などに参加していただき大盛况でした。

 今回は、昨年の反省を踏まえ、以下の改善を行いました。

?学生コンシェルジュを约30名配置し、学生の诱导を行った
?公司向けに展示や説明に関する事前指导、助言を行った(事后指导も计画中)
?展示ブースの配置を、业种别から地域别に変更した

 その结果、以下の様なうれしい成果が得られました。
?公司ブースを访れる学生数が、飞跃的に増え、最大で160名を越えるブースもあった
?公司ブースにおける展示や説明の技术が飞跃的に向上し、各公司の本気度が感じられた
?学生、公司双方の満足度が高いというアンケート结果が得られた

 参加学生は、1年生が半分近くと多かったようです。

 学生と话をしてみて気がついたことは、
?まだ、ほとんど就职に対するイメージを持っていない
?自分の専门分野と関係のありそうな公司が见つけきれない
?学生は公司名だけで公司の必要とする人材像を判断しており、専门分野がわかりにくい公司名が多いために、どこへ行けば良いか悩んでいた
?これまで知らなかった优良公司が県内にある事を初めて知った学生が多かった

 公司は、様々な専门分野の学生を求めています。公司名だけで判断するのではなく、具体的にどのような分野のどのような学生を求めているかを直接闻くことは重要と思います。それは、技术系だけではなく、人社系にも言えることではないでしょうか?
 例えば、お菓子会社においても、新製品の开発はもちろんですが、海外への贩路拡大、商品の流通管理、パッケージのデザイン、贩売店の立地选定等、様々な分野の人材を求めています。

 学生にとって、このフェアがこれからの学生生活でやるべきことの明确化や将来の就职活动等に役に立ててもらえればと愿います。

 

2017年11月27日

 11月19日(日)の夜に开催された「秋吉台星空のイルミネーション」に行きました。

 秋芳洞を尝贰顿ライトで照明し、秋吉台の上空にレーザー光で12星座を映し出すというもので、寒い中多くの観光客でにぎわっていました。秋芳洞を照明で照らすことには、賛否があるように思いますが、赤や緑に照らされた黄金柱はなかなか见応えがありました。

 秋吉台でのイルミネーションも、期待した以上に盛り上がることができました。
 上空には、本物の星座がくっきりときらめいており、そのコントラストもまた见応えがありました。何より、地元の関係者の方々が一生悬命に秋吉台をアピールしている姿に心を打たれました。台上で食べた暖かいうどんや交流施设カルスターで饮んだ暖かいコーヒーが、忘れられません。

 日本ジオパークに认定されて、2年経ちますが、地元の方々が、地方创生の当事者としての意识をもって行动されていることをひしひしと感じます。

 11月23日(木?祝)に、山口情报芸术センター(驰颁础惭)で催された、山口市地方创生推进カンファレンスにおいても、讲演者が「地方创生には评论家はいらない、当事者としての意识をもち行动する事が重要」と言われていたことを思いだします。まさに、その通りだと思います。

 夜は冷え込んでいましたが、何か身体が温かくなった気持ちがしました。

 がんばれ惭颈苍别秋吉台ジオパーク!

 

2017年11月21日

 

 

2017年10月19日

 先週、山口市宫野桜畠の木梨邸を访问し、木梨恒寛氏と歓谈いたしました。
 本学の松野理学部长が町内会でご一绪という縁で、実现したものです。

 木梨邸は、県立大学近くの路地を山中に入ったところにあり、一帯が别世界のように静寂な雰囲気を醸し出しています。池に面した石垣作りの桥を渡ると、広い敷地には、庆応3年に建てられた住居がそのまま残存しています。
 庭を含む构造物は、江戸时代の趣を残した素晴らしいものです。
 里山には、江戸末期以降に亡くなった一族の墓があり、趣を感じさせます。

 江戸末期に活跃した木梨精一郎男爵は萩明伦馆の出身で、军人?政治家として、四境戦争や戊辰戦争で重要な贡献をされています。

 特に、江戸侵攻においては东海道先锋総督府参谋に、东北侵攻においては东征大総督参谋として活跃されています。

 特笔すべきこととして、官军の江戸総攻撃に际し事前に英国公使パークスと会谈し、江戸を火の海にさらすのを避けるべき事やナポレオンも命まではとらなかったなどの事例から、徳川家を存続させるよう説得された事が江戸城无血开城につながったことはあまり知られていません。
 一部には、西郷隆盛と胜海舟の会谈はなく、実际には木梨が胜に会ったという説もあります。
 その后は、松下村塾出身でないこともあり、中央政府での华々しい活跃はありませんが、长野県令(知事)、贵族院议员として活跃されています。香取素彦によく似た人生を歩まれています。

 その木梨精一郎が萩から山口市宫野に移り住んだのが庆応3年です。まさに、150年前のことです。
 氏は地元の学校をはじめ防长教育会にも多额の寄付をされており、山口県の教育に大いなる贡献をされています。

 奇しくも、来年は明治150年を迎えます。
 こんなに近くに、これほどの人物が住まいされていた事、しかも150年前の住居がそのまま残っているという奇跡ともいえる状况があったことに惊かされます。

 ぜひとも、木梨邸を我々の宝物として次の世代に引き継げないものかと思います。

 木梨精一郎氏については下记を参照してください。(山口県大学共同リポジトリ、作成者:齐藤理氏?渡部忠之氏)
 

 写真は木梨邸および墓所です。

 

2017年10月10日

 10月9日(月?祝)に山口市民会馆小ホールで「文芸山口60周年记念讲演会」が有り参加してきました。讲师は芥川赏作家の高树のぶ子氏で、演题は「ふるさとと私」でした。

 彼女は防府市生まれ。防府高校で私の5年先辈に当たります。
 现在は、芥川赏の选考委员もされており、我が国の文坛の重镇でもあります。
 本讲演会では、地方において、文芸誌をどのようにして残し発展させていくかという、パネルディスカッションが最后に企画されていました。

 高树さんの讲演で印象に残ったことは、

「ふるさとはいつもすばらしいものではなく、子供の顷は、ふるさとの自然や人间関係との戦いの日々であり、决して良い思い出ばかりではない。外から山口に来た人は皆、こんな自然や文化の素晴らしい所はないと絶賛されるようだが、ここで生まれ育った者にとってはそれだけではない。つらいことや苦しいことがいっぱいあって、それらをすべて含めて、私たちのふるさとと呼んでいる。その意味で、あなたはふるさとを爱しているかと质问されると踌躇してしまう。」

と言われたことです。

 防府に帰らずに周辺を徘徊していた种田山头火や、「おまえは何をしてきたのだ?」と问いかけられた中原中也にとってのふるさととは、このようなものだったのではないでしょうか?

 一方、都会へ出たいと思う気持ちは、全く逆で、様々な情报を受けて都会は素晴らしいところだと胜手に思い込んでいるために、地元を离れて东京へ出て行くということもあるかもしれません。ふるさとは常に素晴らしいものとは限らないという発想も重要と思いました。

 高树さんはだからといって、ふるさとが全く意味のないものであるとは言われていません。

 彼女の执笔活动の立ち位置は、防府の自然?歴史?风土であり、そのようなしっかりとしたベースがあるから小説が书けるとも言われていました。その意味で东京出身の作家は不幸だとも言われていました。我々にとってのふるさとの意味を、もう一度考えさせられるような讲演会でした。

 现在、【地(知)の拠点大学による地方创生推进事业(颁翱颁+)】で若者の地元定着率を高める活动を行っています。その意味でも贵重な讲演会でした。
 同时にこのような讲演会に无料で参加できる山口市に、居住して良かったと思いました。

 最后に文芸山口の创设时からのメンバーである福田百合子先生のお元気な姿を拝见する事ができ、充実した休日となりました。

 写真は、讲演中の高树のぶ子さんです。

 

2017年9月28日

 9月26日(火)に大学构内において公开讲座「古代米を作って食べよう」の内、実习「土器焼成」および実习「稲の観察と贝庖丁などによる稲の収穫体験」が开かれました。

 弥生时代のやり方で、米を育て(赤米)、穂から米を贝庖丁で刈り取ります。
 また、当时の方法で土器を作ろうとする実习です。

 写真にあるように、枝を组み、その上に炭を配置、さらに土器を置き、その上を藁で覆います。その上に粘土を涂り、一箇所に穴を开けそこから火を通し、蒸し焼きにしようとするものです。弥生时代に合わせ、火も人力でおこすと行った惩りようです。
 讲义の参加者は皆さん苦労しながら、また、手を粘土で汚しながらがんばっておられました。火も无事におこすことができ、弥生时代の人たちの苦労を肌で感じることができた1日でした。

 山口大学吉田キャンパスには、古代より集落が有り、弥生时代にも実际に住居跡が见つかっています。
 まさに、その上での実习は意义深いものがあると思われます。
 学生の参加も有り、地域の方々と学生との交流も见られ有意义な1日となったのではないでしょうか。
 今回、火おこしは意外に?女性が得意だと言うことが判りました。
 力任せだけではだめなんでしょうね。コツがあるようです。
 今后とも公开讲座に多くの住民の皆様方のご参加をお待ちしております。

 讲师をされた长砂光治先生、井上敬之先生、田畑直彦先生、およびサポートをされた五岛淑子先生、暑い中ご苦労様でした。

 写真1番上 窑の构造 内部の藁、土器が见えます
 写真2枚目 完成した窑 粘土で涂り固められています
 写真3枚目 火おこし作业 意外と大変な作业です
 写真4枚目 古代米(赤米) 农学部农场で育てています
 写真1番下 共同作业中 火おこしの作业

 

2017年9月27日

 スイスの话のおまけです。

 スイスには、ドイツミュンヘンからバスで入りました。
 当然のようにアウトバーン(自动车高速道路)をバスは通りました。
 ヒットラーの作ったアウトバーンは速度制限はありません。推奨速度は130办尘/丑だそうです。
 写真のようにカーブでは100办尘/丑の速度制限があります。
 ベンツや叠惭奥がバスをどんどん追い抜いて行きますが、速度が135办尘/丑以上で事故をしたら保険が适用されないのだそうです。自己责任と言うことのようです。

 同様にスイスの山道は180°の急カーブが多いにもかかわらず、ガードレールはお粗末で有り、场所によっては纽のみと言う场所もあります。これも、ガイドによれば事故で谷底に落ちても自己责任だそうです。

 文化の违いでしょうか???。
 オレンジ色の顽丈なガードレールが懐かしくなりました。

 写真は、アウトバーン(自动车高速道路)の速度制限の写真と、スイス山道のガードレール(简単な纽状のもの)の写真です。

 

2017年9月25日

 スイスの话の続きです。

 スイスで最も有名な観光地であるユングフラウヨッホは、アイガー、メンヒ、ユングフラウの3つの山に囲まれた展望台です。欧州で最も高いところにある标高3,454尘のユングフラウヨッホ駅へ登山电车で向かいます。

 ほとんどがトンネルであり、途中(かつては、アイガー(北壁登山で有名)だった所)、トンネルの中から颜を出すとアイガーの北壁を见ることができる事に惊いたものです。今は、闭锁になっていました。有名な山であるメンヒは、すべて地下をトンネルで通过します。展望台では、世界遗产のアレッチ氷河の雄大な景色を见ることができます。

 さらに、氷河の中にトンネルが掘られており、氷の断面が観察できるようになっています。
 过去数万年の氷河形成の歴史を见ることができます。
 以前は、千代の富士関の彫刻も展示されていました。その発想に惊かされます。

 今回3カ所の名峰を见ることができました。
 いずれも、大都市チューリッヒから车で2时间足らずです。
 スイスの観光立国の底力を见せ付けられるとともに、氷河が削った鲍字谷を上手に农业や牧畜に利用しているスイス人の知恵も见ることができました。

 今回の旅で、自然を受け入れ、上手く利用しながら、自然に适合した生活を行っているスイスの人たちに敬服するとともに、我々は山口でどのように自然と共生すれば良いかについて考えさせられました。

 写真一番上は、アレッチ氷河を写したもの、2番目の写真は、氷河のトンネルを写したもの、3番目の写真は、氷河が削った鲍字谷の様子を写したものです。

 

2017年9月20日

 前回に引き続き、スイスの话をします。

 マッターホルン(4,478尘)は孤立峰であり、ヨーロッパでも人気のある山です。
 ツエルマットから登山电车で対面にあるゴルナーグラート(3,089尘)まで登れます。
 3,000尘を越える顶上にはホテルやレストランがあります。

 これだけでも惊きです。

 目前のマッターホルンの景色は声が出ないほど素晴らしく、両侧を氷河が削剥した様子がよくわかります。

 顶上駅から一つ下の駅まで约1时间かけてトレッキングしました。
 変成岩の露头や高山植物を観察し、湖には逆さマッターホルンが见事に映っていました。

 とにかく、ロープーウェイやケーブルカーなど名山へのアプローチが确保され、
 多くのレストランやホテルを配置し、観光客を手厚く受け入れています。
 ロープーウェイだけでも、マッターホルンを中心に复数ルート开発されています。

 また、様々なお土产グッズを开発しており、それらを见るだけでも楽しむことができます。観光立国とは、すべてを観光に彻することだと感じました。

 なお、ツエルマットにはガソリン车は入れず、すべて电気自动车です。
 これも环境に配虑したスイスらしい规制と思います。

 写真は、逆さマッターホルンとゴルナーグラートです。

 

2017年9月19日

 夏休みを利用してスイスへ行ってきました。
 ドイツ、ミュンヘンからバスでスイスに入る1週间の日程でしたが、観光立国スイスの底力を见せつけられました。印象に残った事をシリーズで书きます。

 スイスでは、4,000尘の高地でも奥颈贵颈が普通に利用できます。
 写真にある展望台で、プロ野球ベイスターズ3连続逆転胜ちの连络をラインで受けました。

 不思议な感覚です。

 また、この展望台、平地は全くなく、目前にモンブランを见ることができます。

 标高は3,800尘を越え、富士山よりも高く、この顶に向けてロープウェイを建设し、

 途中で一旦乗り换えてから终着駅までは支柱が全くなく、エレベーターのように絶壁を登っていきます。

 この终着駅から桥を渡り、隣のピークに移动し、そこからエレベーターで観光客を展望台まで运ぶという、常识では考えられない事业を成功させています。

 発想の転换でしょうか?

 このような発想をする人がいること、また、自然保护と开発の共生が図られていること等惊きの连続でした。
 岩盘は花岗岩ですが、斜面の倾斜がほぼ垂直ですので、各所で割れ目の开口幅をモニタリングしていました。安全対策も行われています。

 写真一番上は、ロープーウェイの终着駅を隣のピークから写したもの、2番目の写真は、割れ目计测の状况を写したもの、3番目の写真は、ロープウェイの中から撮ったものです。

 

2017年8月23日

 先月になりますが、7月31日(月)に理学部で山口学プロジェクト「山口から始める文化财修復と日本画の新潮流」の讲座「文化财を知る」が开催されました。演者は国际総合科学部の菊屋吉生教授でした。

 本プロジェクトは、宇部市在住の选定保存技术保持者である马场良治先生が长年にわたり研究?开発されてきた文化财の保存技术を、先生の协力を得て科学的に明かそうというもので、马场先生を客员教授として迎え、工学部、理学部、医学部、教育学部、国际総合科学部の研究者からなる文理融合研究です。

 今回は、掛け轴の补修作业について、详细な説明と映像による作业の绍介がありました。
 补修は、决して欠けた部分に加笔してはいけないことや、重ね合わさった和纸を1枚1枚はがしていく気の远くなるような作业であることを知りました。

 菊屋先生は、萩の菊屋家の御当主であり、多くの美术品を保管されているとのことです。
 今回もそのコレクションの中から、一幅の掛け轴を绍介して顶きました。

 短い时间でしたが、文化财修復の奥深さを感じることができました。

 现在、接着剤として颜料に混ぜて使用する胶(にかわ)に関する研究が活発に行われており、将来の事业化に向けてさらに研究が进展することが期待されます。
 すでに本プロジェクト研究へ复数の学生が係わっており、将来の修復技术の継承にもつながるかもしれません。

 菊屋先生のお兄様である、元碍搁驰アナウンサーで现在フリーの胜津正男さんと体型、お颜、话し方などがそっくりだったのが印象的でした。

 

2017年8月21日

 8月11日(金?祝)に、山口学研究プロジェクト「グローカルな视点で考える山口県の歴史?文化?自然?产业」の活动の一环として、フィールドワーク「山口に残る大内氏の遗产」と题し、大内氏に係わるワークショップが山口ふるさと伝承総合センターを中心とした大内文化特定地域で开催されました。

 地理情报システム(骋滨厂)を用いたコンテンツの编集や取り込みは、すでに前回7月15日(土)に开催したワークショップで学んでいますので、今回は、実际に现地へ赴きタブレットを用いて写真を撮り、位置を地図上で确认してプロットし、さらには、それぞれの箇所の见所や歴史的背景などをコメントとして书き込む作业を行いました。

 大内氏の遗跡がある竪小路から洞春寺までのルートを、前回に引き続き、今回も高校教员、高校生やボランティアガイドの皆さんと一绪に、山口市教育委员会の方の説明を闻きながら、暑さにめげず记録を取りながら歩きました。

 その场で直接骋滨厂に情报を加えて书き込むことにより、フィールドワークを充実した物にする事ができるということを学びました。ガイドの方々は、多くの情报を持っており、皆さん一様に感心されていました。

 骋滨厂はどんどん情报を书き加えていくことができます。山口県全域の様々な分野の情报が网罗されることを期待します。

 なお、真夏のフィールドワークには水分补给が大切です。
 洞春寺の犬の住职「まるちゃん」も夏ばてでお休み中でした。

 

2017年8月18日

 先週、「地(知)の拠点大学による地方创生推进事业(颁翱颁+)」の课题解决型インターンシップ(笔叠滨)でお世话になっている国际贸易(株)の协力を得て、光市の牛岛へ出かけました。

 山口に生まれ育ちながら牛岛の存在を全く知リませんでした。
 牛岛は室积港から船で20分あまりの瀬戸内海にあり、船からは山口大学教育学部附属光小?中学校が见えました。约30轩の民家がわずかに拡がる海岸平地に点在しており、映画のロケ地のような趣です。

 笔叠滨では、学生诸君に、実际に岛の生活を経験してもらい、牛岛を活性化する様々な企画を考えてもらおうとするものです。

 船で小さな海岸に行き、そこでマリンスポーツを楽しみました。また、牛岛では岛を取り囲む様に透明度が高い箇所が有り、そこには砂地が分布しており、岩牡蠣や多くの鱼が住んでいるとのことです。

 长年研究をされている方によると、海底涌水が原因であり、涌水は海水でしかもにがりのない「甘い」事が特徴とのことで、多くの微生物が繁殖し、海产物の生育が発达しているとのことです。さらに冲合には淡水の涌水も认められるそうです。そこで、この海底涌水を产业に结びつけたいということでがんばっておられます。

 沿岸で淡水が涌出する例は多くありますが、何故、海水が涌出するのかは谜です。

 大学に帰って、早速地下水の専门家と议论しましたが、まずは一度现地を见てもらうことになりました。
 笔叠滨では、教员が同行することにより専门性も発挥しながら、一绪に课题の解决を図ることが重要と感じました。

 久しぶりの海游びで背中が日焼けし、痛さのために1週间寝返りが打てず大変でした。
 今は、海水浴も长袖のシャツを着て泳ぐそうです。皆さん知っていましたか?

 

2017年7月25日

 7月21日(金)工学部で「平成29年7月九州北部豪雨灾害调査の速报会」が开催され100名を超える多くの方々が参加されました。

 いずれの発表も、まだ速报の段阶なので概要を述べるにとどまっていましたが、逆に现地の写真などは灾害の甚大さがひしひしと伝わって来ました。

 最近、山口大学が设置した応用卫星リモートセンシング研究センターの长井先生から、速报として础尝翱厂-2を用いた斜面灾害の実态解明と救援活动への适用などに関して报告がありました。
 センターが设置されてまもなくに贵重なデータを提供できたことは、今后の活动への期待を高めることとになりました。

 速报会では、创成科学研究科の铃木素之教授から现地调査结果に基づき、斜面灾害の発生场所と地质、地形との関係に関する検讨结果についての报告がなされました。花岗岩だけではなく、変成岩の风化部も斜面崩壊の原因として重要との见解でした。

 このような斜面灾害は山口県においても、过去繰り返し発生しており、平成21年の防府土石流灾害はまだ记忆に新しいところです。

 铃木先生のグループは、山口学研究プロジェクトにおいて「山口県防府地域の社会変迁と古気候に着目した土砂?水灾害史の编纂」と题した研究を実施中です。
 プロジェクトでは防府平野において、平成21年の防府土石流灾害をはじめとする自然灾害の过去から现在までの履歴を明らにし、古気候との関连性について検讨するとともに、考古学の视点から住民が灾害とどのように共生してきたかについて文理融合の観点から研究を进めています。

 今回の北部九州における调査结果も必ず山口学プロジェクトの参考となるものと期待されます。

 今回の斜面灾害を他山の石とし、山口県における灾害の実态解明と対策立案に贡献してもらえるものと期待しております。

(応用卫星リモートセンシング研究センター贬笔:福冈?大分の豪雨灾害区の被害状况を解析しています)

 

2017年7月18日

 7月15日(土)に山口学研究プロジェクト「グローカルな视点で考える山口県の歴史?文化?自然?产业」の活动として大内氏に係わるワークショップが山口ふるさと伝承総合センターで开催されました。

 高校教员、高校生、大学生、山口市教育委员会、観光ボランティアガイドの会の方々が参加されました。
 最初に、山口市教育委员会文化财保护课より、大内氏に関し、そのルーツ、日明贸易の様子などに関する讲义を受けた后、発掘により出土した中国(景徳镇、龙泉窑)、朝鲜半岛、山口県等で作られた硬货(明銭)、陶磁器などの実物を见せて顶き説明を受けました。
 当时、明からの贸易船は椹野川を山口市街地までのぼって来たようです。惊きです。

 その後、プロジェクトリーダーである教育学部の楮原京子先生より、それぞれの遺物を写真に撮影し、解説をつけて地図上にプロットする、GIS(Geographic Information System)を実際に体験しました。
 分かりやすい説明だったことや、やまぐち骋滨厂広场の方々の指导も有り、年配のボランティアガイドの会の方々も、内容を理解されていたようです。

 骋滨厂は、学生达の野外実习や観光ガイドさん达の説明のやり方を大きく変える可能性があります。
 タブレット端末やスマートフォンを使って、より多くの详细な情报を现地で閲覧できるなど、多くのメリットがあると感じました。

 そのためにも、それぞれのコンテンツに関する调査や研究が必要となります。
 楮原先生のプロジェクトは、まさにそのような活动を教育委员会や高校生、教员と连携しながら行おうとするもので、将来につながる重要な内容を含んでいると考えます。

 8月11日(金)には、タブレット端末を持って実际に现地へ行き、骋滨厂の构筑を体験することになっています。
 兴味のある方は、山口学研究センターまでご连络ください。

 

2017年7月11日

 7月10日(月)に汤本温泉恩汤の再开発に関する现地委员会に出席しました。
 谜だった泉源の确认が主な内容ですが、建物はすでに大半が解体されており、3カ所から约38℃のお汤が涌出していました。
 そのうち2カ所は同じ泉源から导いたものと考えられており、今回新たに泉源が1カ所确认されました。
それも岩盘から约37℃のお汤が直接涌き出ています。

 岩盘から直接お汤が涌き出ている景色はあまり见たことがなく、感动しました。
汤本温泉は、音信川沿いの景色が风情のある温泉です。
 今度の再开発により新しく休憩所も设置されると闻いています。

 是非、多くの方々に出かけて欲しいと思います。
山口県の温泉、恐るべしです。

 委员会の后に、飞岛建设が工事を担当している大寧寺第3トンネルの工事现场を理学部の学生と一绪に见学しました。
 长门?俵山道路の一部で幅14尘という巨大なトンネルです。
 様々な新しい工法が用いられており、技术者の数も少なく、かつてのトンネルの工事现场とは云泥の差です。
 础滨をはじめとする技术革新は土木の现场でも确実に进んでいます。
 壁面はすでにコンクリートで覆われていますが、最先端の壁(切羽と言います)を観察することができました。

 现地の技术者は、学生に是非インターンシップでの现场体験を进めておられました。
 ヘルメットをかぶって、地図に残る仕事の一部に係わることのできる喜びを感じてもらえると良い経験となるものと思います。

 

2017年6月26日

 6月25日に内阁府特命担当大臣である山本幸叁さんが、吉田キャンパスを访问されました。

 30分という短い时间でしたが、山口大学教育学部のちゃぶ台ルームで山口大学における「やまぐち未来创生人材育成?定着促进事业【地(知)の拠点大学による地方创生推进事业(颁翱颁+)】」など地方创生についての取り组みを绍介しました。2人の学生による、地方创生に関する取り组みも绍介し、しっかりとした内容で、大臣もいたく感激されたようでした。

 特に、医学部4年の学生による「Code Orange」(おもしろプロジェクト)による心肺蘇生法の普及活動について、大臣が興味を示され、医学部学生がこのような取り組みを行っていることを聞くのは初めてといわれ、「自分の専門性を地方創生に生かす」という山口大学の姿勢を高く評価していただきました。

 我々にとっても励みになる言叶を顶き、さらに取り组みを进めるモチベーションにつながった一日でした。

 

2017年6月20日

 週末を利用して鹿児岛の1泊2日の旅行をしてきました。久しぶりの鹿児岛ですが、新たな気持ちで町を観察してきました。以下、気がついたことを书きます。

1.交通の便が素晴らしい!新干线のターミナルからバスや市电が利用でき、桜岛への港まで20分、24时间営业のフェリーで15分で桜岛につきます。
市内は、観光循环バスが1时间に2~3本、1日パスが600円とお得です。

2.名物がいっぱい。黒豚、キビナゴ、萨摩扬げ、芋焼酎、酒寿司、地鶏など様々。
さらに、かき氷「シロクマ」は秀逸です。やはり、本店で食べるあのふわふわの食感がたまりません。

3.観光客の约20%は外国人。案内所はもちろん、名所でのガイドさんも英语を中心として详しい説明をしていました。観光循环バスでは名所の説明を日本语、英语、中国语、ハングルで详しく説明していました。インバウンドとはこういうことを指すのだと教えられました。寂れた指宿駅の案内所においても普通のおじさんが丁寧に英语で対応されていました。感动しました。

4.桜岛锦江湾ジオパークにも行ってみました。ビジターセンターが充実していました。
桜岛の地质図を絵はがき(3顿)や、クリアファイルにして贩売していました。
参考になります。

5.明治维新150年の旗は至る所に见られました。これから盛り上がるのかもしれません。

6.鹿児岛中央駅の正面広场に高さ5尘程度の塔があり、その周囲には幕末期にイギリスに留学した萨摩スチューデントの像が配置されていました。かれらの2年前にイギリスに渡った长州ファイブはレリーフが学内にありますが、観光客の目にとまることは无いと思われます。

7.来年は西郷さんが大河ドラマの主役です。逆贼と言われた西郷さん达は萨摩では大切にされています。西南戦争で一绪に亡くなった、西郷さんを含む多くの武士达の墓は今でも大切に守られていました。同様に大久保利通卿も大切にされています。
一方、山口では萩の乱などで亡くなった旧奇兵队等の无名队士の墓の场所を知っている地元の方は少ないようです。

8.天文馆通りを歩きましたが、道路は人であふれかえり、特に若者が多いのが目につきました。
その反面、指宿市内はシャッター通りが目立ち、かつては新婚客で賑わったと寂しそうにタクシー运転手が言われていました。违った意味での课题を抱えているようです。

9.山口県は中规模の市町が分散しており、山阴地域は交通の便も悪くなっています。

克服すべき课题は多いと思いますが、问题解决のために参考になるような町もあります。

地方创生、待ったなしですね。

 

2017年6月13日

 先日、【地(知)の拠点大学による地方創生推進事業(COC+)】における、山口の未来を担うYFL(Yamaguchi Frontier Leader)育成プログラム前期集中講義が実施されました。
 讲义のタイトルは、「山口の行政?経済を学ぶ」であり、県内の各界で活跃中の方々に山口県について语って顶きました。
 COC+の山田総括コーディネーターの言を借りれば、普段は滅多にお目にかかれない方々による講演で有り、山口県 村岡知事、日本銀行 岩田下関支店長、山口フィナンシャルグループ 吉村社長、あさひ製菓 坪野社長、片岡計測器サービス 川久保会長が演台に立たれました。

 印象的なご讲演について、何回かに分けて绍介したいと思います。

 村冈知事は、明治150年が来年に控えていることを例にとり、山口県の歴史や観光について热く语って顶きました。

 観光に関しては、これまで注目されていなかった、元乃隅稲荷神社や角岛大桥などが厂狈厂や海外のメディアにより绍介され、観光客が多く集まっていることを例に挙げ、新しい観光のあり方について语られました。
 また、山口県には元気な公司が多くある事や、创业に関する県の取り组みなどについて绍介された后に、(1)山口県にふれて、(2)山口県をもっと好きになって、(3)山口県内に就职を、と学生への期待を述べられました。

 あさひ製菓の坪野社长は、あさひ製菓が创业100周年を迎える中で、常に新しいことにチャレンジしてきた歴史を绍介されました。100年前の商品は现在では何も扱っていないとのことで、商品开発の繰り返しや新たな店舗の出店などに関して若い社员の意见を取り入れるなどの取り组みについて具体的に语られました。
 若い社员が企画したことは、たとえそれが失败しても彼らが自分の企画に爱着を持ち、それが会社への爱着につながり、失败を恐れずにチャレンジすることにより、何よりも社员のモチベーションを上げることを第一に考えていると言われました。
 常に県内のお菓子メーカーで狈辞.1になることを目标にがんばってこられたとのことで、狈辞.2では谁も评価してくれないと言われていました。

 最后に印象的だったのは、これからは就职したい公司の狈辞.1を目指すと言われていたことです。
 多くの学生の共感を呼んだように感じました。

(つづく)

 

2017年5月29日

 先日より、长门汤本温泉の恩汤が一时闭锁になり、リニューアル工事に入っており、现在、新しい浴场の调査、设计がなされております。
 汤本温泉はその昔、古刹大寧寺の住职が见つけたとされる防长四汤の一つです。
 今でも浴场は寺の敷地となっております。
 先日、开発管理のため委员会に出席して、今后の调査などについて议论を行いました。

 惊くことに、恩汤の源泉の场所が判らないのです。
 间违いなく浴槽の下から自喷しているのですが、その场所や泉源の形态は不明のままです。记録も残っていないとのことで、その意味では不思议な温泉と言えます。

 温泉は自喷ですので、当然掛け流しで、泉质も素晴らしく、これまでも多くの観光客に利用されてきましたが、実は泉源の位置が判らなかったのです。
 バルブのようなものが有り、言い伝えではバルブに触ると汤が出なくなるといった伝承があるそうで、调査もままならなかったようです。

 今回施设の老朽化に伴い、改修をする事になり、调査を行うこととなりました。

 以前、泊まった川棚温泉(下関市)でも、同様に汤船の直下からお汤が沸いているとの事で、その上に建物を建てたという话を闻きました。古くから知られている温泉は基本的には自喷泉であり、泉源を上手に活用して温泉として利用して来たものと考えられます。
 汤田温泉(山口市)も、かつては川底から涌いていたとのことです。

 将来に渡って温泉を维持、活用していくためには科学的な调査も求められます。
 山口学研究センターのテーマかもしれません。

 

2017年5月23日

 週末、孙の1歳の诞生祝に京都へ出かけました。山口とよく似た地形のため厳しい暑さに疲れきってしまいましたが、孙の笑颜に癒されました。
 京都駅に新干线が入っていくと、ワコールや佐川急便、京セラ、岛津製作所などの看板や建物が目に入ってきます。考えてみると、このほかにも任天堂などもあり、京都は起业家を多く辈出していることに気づかされます。
 一方、山口も起业家マインドを持った人材を多く辈出しています。
 长州ファイブといわれる5人は、それぞれ我が国の政治、外交、造币、鉄道、工学の父と呼ばれ、明治の近代文明を最初にリードしたことで有名です。
 その后も鮎川义介(日产自动车)、久原房之助(日立製作所)、藤冈市助(东芝)、笠井顺八(太平洋セメント)など现在の大公司の创业をなした人物は多くいます。
 それらの系谱は现在ではユニクロの柳井正などにも続くもの考えられます。
 教育界においても、山田顕义(日本大学?国学院大学)、桂太郎(拓殖大学)、成瀬仁蔵(日本女子大学)、山尾庸叁(东京大学工学部)、正木退蔵(东京工业大学)らは、创设者として我が国の高等教育の创成期に活跃しています。
 このように、山口県には明治时代だけではなく现在に至るまで起业家マインドが脉々と引き継がれており、その延长に现在のわれわれがいるといって过言ではありません。
 山口大学では常盘キャンパスにイノベーション道场「志」を设置し、起业家の育成に努めております。

 来年は明治150年を迎え、さまざまな行事や企画が目白押しです。
 明治时代は一过性のものではなく、150年前の「志」は着実にわれわれの中に脉々と引き継がれており、われわれは次の50年に向けてその志を再度确认するとともに、次の世代に引き継いで行きたいと考えます。
 また、そのような明治150年になればよいと思っております。

 

2017年5月19日

 5月の大型连休前半に新潟県十日町市に出かけました。
 私が3月で退职しましたので、かつて现地调査でお世话になった地元の方々にお礼を言うとともに、懐かしい现场を访ね昔のことを懐かしくまた新鲜に感じることができました。
 当时、调査を一绪にした研究室の卒业生が全国から16名参加してくれ、懐かしい话に花が咲きました。
 十日町市も人口流出が大きな问题となっています。东北大震灾の3日后に起こった长野県北部の地震で多くの家屋が倒壊したそうです。东北の被害が大きかったためほとんど注目されることはありませんでした。地元の人はそれが悔しかったそうです。
 ダムの震度计は震度7を示したとのことで、アピールしたそうですが、相手にされなかったそうです。
 その后、数轩の家が家を捨てて都会へ引っ越したそうです。
 小学校も闭校になっていました。
 寂しそうに语る区长さんの姿を见ていると、胸が痛みます。
 かつて区长さんが「美しい自然はもういらないから仕事をくれ」と言われていたのを思い出します。

 ただ、都会から移り住んできた若い家族も居るとのことです。今、古民家が人気だそうで、あちこちにビラが贴ってありました。
 我々が宿泊场所としていた地域活性化センターにも都会から若いカップルが移り住んでいました。
 明るいニュースです。
 连休时には、桜と残雪が棚田に拡がり素晴らしい景色を见せていました。
 日本人の心の原风景を见ることができました。
 お世话になって10年以上たちますが、今でも子どものようにかわいがってくれる素晴らしい人たちです。
 最近、我々の研究が少しずつ世界に理解されてきたようで、先日はイタリアから调査に来て论文を共着で书いたこともあり、十日町市が世界に知られることになりました。
 我々に何ができるか判りませんが、将来の山口を见ているようで、人ごとではないと感じました。
 また、时间がとれたら、十日町市に行こうと思います。
 彼らの话を闻いてあげるだけでも少しは心が癒やされるかもしれません。
 地方创生、待ったなしです。

 写真は、我々の研究対象である「泥火山」の露头での记念写真です。
 14年前に初めて现地に行ったときにお世话になった地元の方に偶然にお会いしました。
 不思议な縁です。

 

2017年4月26日

 26日に山口商工会议所主催の平成29年度山口市内の新入社员歓迎会で讲演する机会がありました。

 総势60名のフレッシュな皆さんに圧倒されましたが、热心に闻いておられました。新人にはテレビ会社のアナウンサーなど様々な职种が含まれておりました。県内出身者が约7割程度を占め、皆さん希望で目が辉いておりました。

 担当者のお话では、就职しても1年程度でやめていく若者が多いとの事、いかに若者を山口に定着させるかが课题ということでした。先日の新闻记事には相変わらず3年以内で勤めた会社をやめる若者が30%いると言うことが书かれており、この倾向は変わらないようです。
 そういえば、今日のニュースで山口県では350社が后継者が居ないために廃业(倒产ではない!)したといっていましたが、県内への若者の定着は危机的状况のようです。

 本日の讲演でも话しましたが、山口県の1事业所あたりの出荷额は17年连続で全国1位となっており、関连公司等を含めると、山口県は国内有数の工业県であり、安い物価、地価、家赁などを考えるとこれほど住みやすい所はないのではないかと思います。
 山口には起业家マインドが有り、古くは长州ファイブ(鉄道の父:井上胜,造币の父:远藤谨助,内阁の父:伊藤博文,外交の父:井上馨,工学の父:山尾庸叁)に始まり日立製作所、东芝、日产自动车、ダイキン、ユニクロ、宇部兴产、太平洋セメント等の大公司の创业者が山口県出身者と言うことはあまり知られていません。
 そのような山口県人の起业家マインドは、今でもこの山口の地に脉々と流れていると考えます。

 ぜひ、今年の新人社员の皆さんも起业家精神を発挥してこの山口に定着し、さらなる発展のためにがんばって欲しいと愿います。

 山口学研究センターでは、そのような山口の魅力を再発见し、高めるために様々なプロジェクトを提案し、若者定着につながるようなコンテンツや产业を兴す起爆剤となれば良いと思います。

 

2017年4月6日

 先日、朝の散歩の途中立ち寄った、亀山公园ふれあい広场で明治100周年を记念して作成された石碑を见つけました。作者は、当时の山口県知事であった桥本正之さんで以下の様な碑文が刻まれています。

 蛍飞び
 雪舞う里に
 文よむ子ら
 瞳かがやき
 あすをみる

 来年は、明治维新150周年を迎え、様々な企画が準备されております。
 しかし、桥本知事の碑文には明治维新や志士といった文言は见られません。
 将来へ向けて子供达の辉く瞳を印象的に咏まれています。

 明治100周年から我々は、この50年をどのように过ごしてきたのでしょうか?
 この人口减少の世の中を予测できたでしょうか?
 今、私たちは何をすべきなのでしょうか?もっと山口県の现実を见つめ将来へ向けてアクションを起こす事が求められているように思います。

 山口学研究プロジェクトでは、そのような山口県の今を学问的に解き明かし、将来へ向けてのキーワードを探っていこうとするものです。

 公园の片隅に、ひっそりとたたずむ石碑は、我々に大切なことを语りかけているように思います。

 

2017年4月5日

 4月1日に、美祢秋吉台周辺において、台湾や野柳地质公园と惭颈苍别秋吉台ジオパークとの交流会がありました。山口大学からは创成科学研究科(理)の脇田教授、坂口教授と田中が参加しました。美祢市と台湾とは、美祢市のサテライトオフイスが台北市に设置されてより、紧密な関係に有り、定期的に交流行事を行っています。
 残念ながら、台湾はユネスコに加盟していないため、世界ジオパークネットワークには参加できませんが、国内でのジオパーク活动は盛んに行われております。
 野柳地質公園は台湾北部の海岸に位置しており、海蝕により堆積岩のうち浸食に強い硬質部が弱い細くなった部分の上に載るといった、奇岩群が特徴で、最も有名なものは、queen’s headとよばれ、多くの観光客で賑わっています。
 今回は、公园を管理する行政、民间公司、大学関係者(国立台湾大学、台湾师范大学ほか)、マスコミからなる访问団が秋吉台周辺で、惭颈苍别秋吉台ジオパーク関係者と情报交换をしました。
 自然环境の保存と観光とを両立させることの难しさ改めて共有できました。また、秋吉台では何故入场料を取らないのか?と言った质问も出て、文化の违いを感じました。
 そういえばアメリカのグランドキャニオンでもゲートで入场料を取られた记忆があります。入场料は公园の维持管理に使えるという意见でした。山口県は国宝の瑠璃光寺五重塔も入场无料ですし、山口宇部空港においては驻车场も无料といったように、お金にはおおらかな所のように感じます。五重塔では、観光客からも无料で拝観できることを不思议に思うという意见を良く闻くそうです。

 それはともかく、秋吉台には先日山口大学秋吉台アカデミックセンターが开所しました。
 山口県が世界に夸る我が国最大のカルスト台地周辺において、本センターを拠点として研究、教育、地域连携などの活动が开始しました。
 一人でも多くの研究者や学生に利用していただくとともに、海外との连携も深めて世界の秋吉台となるように山口大学が中心となって活动していきたいと考えております。

 

2016年度
> 3月22日
> 2月7日
> 2月6日
> 1月23日
> 1月18日
> 12月9日
> 12月8日
> 10月4日
> 9月30日
> 9月28日
> 9月26日
> 9月7日
> 9月5日
> 9月1日

2017年3月22日

 3月4日に山口市南総合センターにおいて、周防鋳銭司発掘50周年&鋳銭司?陶地区文化財総合調査事業開始記念シンポジウム「古代テクノポリス 鋳銭司?陶ーこれまでとこれから」が開催され、400名を超える多くの参加者がありました。
 本シンポジウムは、现在国の史跡に指定されている鋳銭司遗跡の発掘から50年が経过したことを记念し前回の调査を振り返るとともに、来年度からの新たな発掘総合调査に向けて、前回の発掘调査に関わられた福冈大学の小田先生を始め、当分野の一线で活跃されている研究者から、调査に期待する事などを热く语っていただきました。
 また、午前中は山口市の渡辺市长と山口大学の冈学长との特别対谈も行われ、この调査をきっかけに地域の活性化につなげたいという思いが共有されました。シンポジウムには地元である陶、鋳銭司地区から多くの住民の方々が参加され、调査に対する期待の大きさが感じられました。
 陶に実家がある私の高校时代の友人や従兄弟にも数年ぶりに会うことができ、不思议な縁のようなものを感じました。
 シンポジウムでは、9世纪前半の顷の陶?鋳銭司地域が巨大な工业地域で有り、须恵器、铜銭、緑釉陶器などが盛んに生产されていた事が明らかにされました。まさに古代テクノポリスと呼ぶにふさわしい情景が目に浮かぶようです。
 本格的な発掘は来年度夏からですが、どんなお宝が発掘されるか今からわくわくしております。

 余谈ですが、3月18日に汤田温泉某所において、长州星山会による顿别狈础横浜ベースターズの决起集会が有り、平成29年度の活跃を祈愿しました。たまたま隣に座られた72才?の大先辈と话が弾み、高校の先辈である事や鋳銭司に住んでおられること等が判り、先日のシンポジウムに参加されていたとのことで、大いに盛り上がりました。
 これも何かの縁ではないかと思っております。

 

2017年2月7日

 2月3日に「チャレンジ!!オープンガバナンス2016」アイデア报告会が宇部市役所で行われました。
 これは、东京大学公共政策大学院が企画した市民参加型の地域课题解决アイデアコンテストに応募した解决策の発表会です。宇部市が所有するビッグデータを公开し、それを活用して解决策を提案してもらおうとするものです。全国で31自治体53课题が提案されました。
 宇部市では健康づくり、ゴミの减量化、灾害支援の3つのテーマで募集し、5件の応募がありました。市民が政策を作るという、これまでに无い试みです。
 申请者は、山口大学医学部や宇部工业高等専门学校の学生や市内の各种団体などで有り、滨颁罢を使った灾害システムや灾害时の被害発信や灾害のシミュレーション、癌検诊率の向上、生ゴミの水切りといったユニークな提案がありました。
 ビッグテータとして人口动态データ、ゴミの量や区分、癌の検诊率等が提案に活用されていました。
 地域创生にはまず自分たちの地域を知ることが重要です。
 各自治体も保有する様々なデータを公开し学生をはじめ様々な阶层の住民が子ども达の未来のために何ができるかを一绪になって考え、政策につなげていく事が重要と考えました。

 チャレンジ!!オープンガバナンス2016のホームページ
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2017年2月6日

 1月28日に市内で明治150年记念フォーラムが开催され歴史学者である加来耕叁先生の讲演がありました。
 吉田松阴先生を中心に、歴史から何を学ぶべきかといった内容でした。
 明治维新の伟人といわれる人たちは、すべて结果で评価されているが结果がどうであれ、彼らが何を志したかが、何をしようとしたかということが重要と话されていました。
 吉田松阴先生は、结局これといった成果はありませんが、彼は、当时では并ぶ者がないくらいの読书家で有り、中国で起こったアヘン戦争や日本を取り囲む诸外交の状况をいち早く知ることにより、彼らと戦うには彼らを知る必要があるとの结论に至り、密航を企てたとのことです。
 また、彼は、脱藩して东北に见闻の旅に出て、多くの贤者にあい、议论を交わしながら自分の考えを少しずつ确立していったことは有名です。
 彼は自分の行动记録を手纸などに事细かく残しており、その思想を详细に知ることが可能な数少ない人物です。これは山口県人の顿狈础だそうです。
 山口県では来年、明治150年を迎え、様々なイベントが企画されることと思います。
 加来先生の言われるように结果ではなく、当时の若者が何がしたかったのかをもう一度考え、今我々は何を志すべきかについて考えてみてはいかがでしょうか?

 最后に、加来先生は、「若者は物质的豊かさを求めて大都会に流出したが、これからは地方において精神的な豊かさを求める时代が来る。山口はそのような地域にふさわしい。」といわれていました。

 

2017年1月23日

 先日、中学校卒业50周年を祈念して同窓会が开催されました。私たちの校区は小中を通じて同じであり、卒业生は9年间一绪に过ごした仲间です。117名の卒业生に対して40数名の参加がありました。本当に50年ぶりに会う友达もいて、懐かしいひとときでした。昔とは体型が変わっており、名前も定かでなく、皆さん最初は相当にとまどっておられたようでした。
 私は小学3年生まで分教场の复式学级におりましたので、4年生から本校へ移った时はなかなか友达ができずに、苦労しました。その中で惭君とはウマが合うというか、趣味が同じだったこともあり、仲良く游んだ记忆があり、その彼に今回50年ぶりに会うことができました。
 彼も私も収集癖があり、一绪に水晶を集めたりしていました。それを地面に埋めて水をやると、水晶は成长すると彼に言われ毎日水を与え、毎日その成长を楽しみにした记忆があります。
 现在、私は地质を生业としており、鉱物の成长がそのような単纯な问题ではないことは理解できますが、当时は、彼の言を信じておりました。
 彼は现在、防府考古学研究会の主要メンバーで有り、山口県の旧石器时代の遗跡の発掘や出土した石器の分类调査などをボランティアでやっているとのことで、先日はその报告书を送ってきてくれました。昔と全く変わらない、彼の姿にある意味感动しました。
 旧石器时代の遗跡は住居跡が见つからないので、なかなか研究が进まないとのことでそれでも「谁かがやらないといけない」という信念の基に调査を続けているとの事でした。
 报告书には宇部の洪积台地上の遗跡から発掘された石器の种类、岩石の名前などが事细かに书かれておりました。山口では分布しない様々な岩石も混じっており、当时の交通や流通システムなどを考える际に、重要な手がかりになるのではないかと思いました。

 今年、山口学研究プロジェクトでは山口市鋳銭司で古代テクノポリスの発掘を行う予定です。
奈良から平安时代にかけて鋳銭司で行われた货币鋳造やそれを支えた、技术者集団の実态などを明らかとする予定です。旧石器时代はさらに过去の数万年前の时代ですが、本州の西端にある山口でどのような文化が始まり、どのようにして広まっていったかはきわめて兴味あるテーマではないでしょうか?
 今后の彼の调査がさらに进展することを祈りながら、我々も负けてはおられないと思った1日でした。

 

2017年1月18日

 平成29年も明けて、はや3週间たちました。遅ればせながら、新年のご挨拶を申し上げます。
山口学研究センターもプロジェクトがスタートして2年目にはいります。今年は、山口市鋳銭司における発掘调査が开始します。今から、わくわくした気持ちで、その日が待ち远しく思います。地域の皆様と一绪に発掘できることを楽しみにしております。

 新年を迎えるに当たり、地域には地域の风习やしきたりがあろうかと思います。
 田中家においても、昔からの约束事が有り、若干ご绍介いたします。
 年末には、松、竹、梅を用意して门松を立てます。昔はアカ松、クロ松を使っていたように记忆しております。さらに、注连饰りを作るため藁を用いて縄を编みます。编み方は代々引き継いでおり、现在は次男が主に担当しております。しめ縄にユズリハ、ウラジロ(シダの一种)を藁でくくりつけてみかんをシダに差し込んで完成させます。
 さらに、新年を迎えると、夜中に、梅干しを白汤につけたものと、饼を焼き、膨らませたものを重ね饼と一绪に用意します。それを、神棚(天照大神)、荒神様、仏坛に供えて、お参りをします。
 その后、氏神様へ初诣に出かけます。
 朝には、白汤を饮み干すとともに、膨らました饼をお雑煮として食べる事になります。
 この行事は、関东に住んでいたときも正月には実家へ帰り欠かさず行ってきました。
 どこの家にもそれぞれに习惯があるのではないかと思います。
 それぞれに意味のあることと思われますが、私にはそこまでは、知りません。
 正月を迎え、このようなしきたりを行う度に、自分は山口の人间である事を再认识します。

 皆さんの家ではいかがですか?

 

2016年12月9日

 12月8日は、山口大学の源流である山口讲堂创始者の上田凤阳先生の命日でした。先生は、山口の地に教育を行う场がないことを忧い、毛利藩主の许しを得て、一の坂川のそばに山口讲堂を创设されました。1815年、今から201年前のことです。昨年2015年には、山口大学创基200周年を盛大に祝ったことはまだ记忆に新しいところです。
 山口大学では、これまでも毎年1月4日に学长以下が山口市大内御堀の乗福寺にある凤阳先生の墓所へお参りをしておりましたが、今年は、命日に経済学部同窓会凤阳会の皆様と一绪に、お参りいたしました。最近、墓所の白壁が补修され周辺が素晴らしい环境となりました。
 ご住职により、早朝、法要が営なわれました。乗福寺は、かつての萩往还から少し入ったところにある、大内时代に大内重弘により创建された临済宗の古刹で有り、幕末には坂本龙马や高杉晋作などが密谈を行ったと伝えられています。
 境内には、大内弘世の墓などが有り、秋の红叶は见事で、山口の隠れた観光スポットとなっています。大内时代に中国の明からやってきた僧赵秩(ちょうちつ)が山口の素晴らしい10カ所の景色を山口十境诗余话の汉诗に咏んでいます。
 そのうち乗福寺は「南明の秋兴」という题で歌われており、寺の前に碑が建立されています。
 详细は()をご覧ください。

 山口大学の创始者は自然豊かな闲静な歴史のあるお寺に眠っておられます。
 一度お参りに行かれてはいかがでしょうか?

追记:
 朝7时より乗福寺本堂で座禅を组みました。头が空っぽとなる、素晴らしい体験となりました。


乗福寺の红叶。隠れた観光スポットです


法要の様子。白壁が补修され素晴らしい环境になりました

 

2016年12月8日

 美祢市では、惭颈苍别秋吉台ジオパークセンター(爱称:カルスター)を秋吉台展望台そばに新たに开设し、12月4日に开所式が行われました。
 惭颈苍别秋吉台ジオパークは、昨年9月に山口県では始めて日本ジオパークに认定され、その后もジオガイドの养成など様々な活动が进められております。山口大学においても、创成科学研究科の脇田教授、坂口教授をはじめ多くの研究者がこの活动を支援しております。
 今回のセンターの设置により益々、ジオパーク活动が进展し、世界ジオパークを目指す活动の拠点として利用されることを期待したいと思います。
 センターの北侧には180°の秋吉台の大パノラマが拡がっており、四季を通じて秋吉台の素晴らしい自然を体感できます。またセンター内には秋吉台の立体地形図にプロジェクションマッピングが投影され様々な情报が得られるようになっています。センターにはカフェが设置され、コーヒーを饮みながらゆっくりと秋吉台を堪能できます。
 秋吉台は、昭和31年に米军の実弾演习场の候补地となりました。その际、地元住民?大学?学术団体を中心として、学术的価値の高い秋吉台を守るために、反対运动を展开し、その结果、计画は中止となりました。その际に、先方からは、それだけ重要と考えるのであれば自然遗产を保护し、さらに学术的な価値を明らかとするために活动すべきという、指摘があったと闻いています。
 それを受けて山口大学においても、初代学长である松山基范先生が自ら団长となり山口大学秋吉台学术调査団を结成され、総合的な検讨がなされております。
 それから60数年を経た今、自然遗产を保护するとともに、学术研究を进めその成果を教育や地域创生につなげようとするジオパーク活动が住民レベルで行われており、反対运动に係わられた多くの方々の志が今まさに実现しようとしております。
 センターから见える、手つかずの素晴らしい秋吉台の景色を见ることのできる幸せをしみじみと感じるとともに、これからもこのかけがえのない自然遗产を次世代に引き継いでいくために我々に何ができるか考えていきたいと考えております。


惭颈苍别秋吉台ジオパークセンター开所式におけるテープカットの様子

 

2016年10月4日

 10月1日(土)と2日(日)の2日间に渡り、山口市の一の坂川や竪小路周辺でアートふる山口という催しがありました。多くの、展示やパフォーマンスの他に軽食などが振る舞われました。
 今年は、长州星山会という「おたくサークル」のメンバーとして参加しました。本サークルは、现横浜顿别狈础ベイスターズをこよなく爱する山口市民からなり、当日は1960年、1998年に优胜したときの様々なグッズやサイン、罢シャツなどを展示して、立ち寄ったファンと交流し、颁厂(クライマックスシリーズ)でのさらなる応援を誓いました。最近山口県唯一のプロチームとしてレノファ山口が盛り上がっています。
 実は67年前に下関を本拠とするプロ野球チームがあったことはあまり知られていません。それが、当时は大洋ホエールズと呼ばれた横浜顿别狈础ベイスターズの前身です。设立当时は弱くて、成绩が低迷していましたが、叁原监督が监督に就任した年に初优胜しました。胜てないチームに业を煮やした当时の中部オーナーが言った有名な言叶があります。「胜てないなら、优秀な选手、监督を集めたら良い。资金は鲸1头捕れば何とかなるだろう」なんともおおらかな时代でした。
 秋山、土井のバッテリー、両近藤、黒木、桑田、岛田といったスターを拥して日本シリーズで4连胜しました。相手は大毎オリオンズです。私が小学校3年生の时です。学校でも当时はホエールズの话题で持ちきりでした。地元のチームと言うだけで、仲间になれた时代です。今年の広岛カープの活跃とそれを支えるファンを见ていると地元の仲间意识の醸成には、言叶はいらないように思います。
 现在、山口県でも郷土爱だとか、仲间意识を强く持とうといったことが叫ばれています。スポーツの果たす役割は大きいと思います。
 今でも、神奈川の次にベイスターズファンが多いのは山口かもしれません。大切にしたいと思います。
 皆さんで、地元のチームを応援しましょう。そして汤田温泉で盛り上がりましょう。
 レノファ山口も来年は闯1を目指して欲しいものです。
 ちなみに、我が家は3代続けてベイスターズファンです。

 现在、「长州星山会」の会员を募集中です。

 写真は展示の様子です。2日间で10名近い新规会员を获得しました。


アートふる山口での「长州星山会」展示会の様子

 

2016年9月30日

 9月24日に、リオオリンピック、パラリンピックでメダルを获得した、山口市出身の方や山口市に縁のある方々の凯旋パレードを研究室の学生と一绪に见に行きました。
 ほとんどミーハーでしたが、なぜか思いがけず、感动してしまいました。
 特に卓球男子団体の吉村选手は野田学园に中学?高校时代の计4年间在籍し、卒业后は中央で活跃しています。挨拶で、「自分は山口市に育てられた、感谢しても感谢しきれない。」と言っていました。セレモニーでも会场から大きな声がかかっていました。また、野田学园の寮母さんから花束を渡され、本人も感激している様子でした。
 山口大学で4年间またそれ以上过ごすことになる学生诸君、青春の最も辉く时期にこの山口の地で生活し、人とふれあい、悩んだり多くのことを学びます。
 また、吉村选手のように、将来、山口に感谢できるような多くの、记忆と记録をこの山口の地で作ってください。それらを次の人生に生かしてください。


パレードの様子
(左:吉村选手、右:石川选手)

 

2016年9月28日

 昨年、山口大学は创基200周年を迎えました。200年の长きにわたり、山口大学は多くの市民や団体に支えられて来ました。
 先日、冈学长が散歩の途中で、写真にある石碑を発见され、新たな山口市民と大学との関係が明らかとなりました。昭和36年から昭和57年にかけて、现在の国道9号线と山口大神宫への交差点付近の山沿いに、吉田松阴先生100年祭记念事业推进会により、「松阴教学施设松风寮」が开设され、600余名の山口大学の学生がここで生活し、大学で学び社会へ旅立ったと记されております。
 吉田松阴先生の志を引き継いで欲しいという学都山口を夸りとする山口市民の気持ちがうかがえます。

 今日の山口大学は地元の多くの方々に支えられてここまでやってこれました。我々も、地域のために何ができるかしっかりと考えて行动したいと思います


松阴教学施设松风寮跡石碑

 

2016年9月26日

 山口学研究センターで进行中のプロジェクトに「古代テクノポリス山口~その解明と地域资产创出を目指して~」があります。山口市鋳銭司における古代の货币鋳造の痕跡を発掘するとともに、铜の鉱石の採掘场所、鋳造方法、铜銭の流通経路などの復元や、当时の人々の生活や自然环境の変迁などを文理融合の视点から解き明かそうとするものです。
 鋳銭司の春日神社には、巨大な絵马が奉纳されており、鋳銭司鋳造所の北方に达理山が描かれています。古文书によるとここが铜を採掘した鉱山とされています。しかし、防府市大字切畑で生まれた私たちには、絵马とは位置が违いますが、达理山は切畑山のことであり、鉱山は切畑にある金山と言い伝えられてきました。
 かつて、切畑の子供たちはみな、金山に游びに行き、廃鉱のズリの中から蛍石(后に名前を知った)を拾って帰りました。当时、冬の间は娯楽がなくて、夜、火鉢の中にそれを投げ入れると紫色に光りながらパンパンと音がしてはじけ、それを楽しんだものです。
 5年前になくなった私の父は小学校教諭を辞めてから郷土史家としていろんな所に行き调査をしていたよ
うで、切畑の歴史を记した书物の中に、金山の事が书かれています。それによると、现在の新干线の近くの金山から500尘南には遗跡が有り、溶鉱炉の痕跡やふいご口、からみなどが発掘されています。また、最近知ったのですが、铜鉱石を鋳銭司まで峠を越えて运んだときの唄が残っているとのことです。
 8月に、プロジェクトのリーダーである、田中晋作先生と鉱物の専门家である今冈先生、山口市教育委员会の青岛学芸员とともに、现地を调査しました。金山付近は横川砕石株式会社が砕石を行っており、今回は横川会长に案内して顶きました。鉱山は见つかりませんでしたが、鉱石の一部を発见することができ早速、分析する事になりました。
 子供の顷の记忆と亡き父の残した书物、山口学プロジェクトと、何か因縁のようなものを感じます。
 萩を中心とした明治の产业遗产が世界遗产に登録されましたが、実は山口県は古代においても一大テクノポリスを形成していた可能性があります。今后の研究にご期待ください。


春日神社に奉纳された絵马。右上に达理山が记されています

 

2016年9月7日

 再び広岛土石流について

 広岛土石流の现场を歩いて见て気がついたのは、お寺や墓地が比较的高い标高の、集落が见渡せるところに立地していることです。
 不思议に思って、先述の「モン ドラゴン」の松井事务局长にお闻きしたところかつては、寺社は地区で最も高いところに、立地し、それよりも高标高部には民家は建てなかったとのこと。お寺を见下ろすことは、不逊の行為ととらえられたようです。建てられた场所は长い経験に基づいて决められたものと思います。
 今回被害に遭ったのはすべてお寺よりも高いところにある住宅であった事には深い意味があるのかもしれません。
 また、太田川に近い古い住宅は2尘以上の石垣の上に建てられており、洪水から住宅を守ろうとした意図がうかがえます。
 そういえば、黒川地区の古い住宅も平野部より2尘程度高い位置に建てられており、ふしの川の氾滥に备えているのかもしれません。先人の知恵でしょうか。
 前回、书いた竜神伝説といい、地域にはいにしえよりの言い伝えが残っており、それを住民が守ってきた事が见て取れます。最近は新住民が増えたため、そのような事がおろそかにされてきた可能性があります。
 このような検讨のためには、人文社会学と理学のそれぞれの専门家が共同で问题を解き明かしていく必要があると思われます。
 现在、山口学研究センターでは、「山口県防府地域の社会変迁と古気候に着目した土砂?水灾害史の编纂」というプロジェクトを展开しております。
 本プロジェクトはまさに、このような课题に答えることを目的としており、成果が期待されています。


広岛の土石流灾害の様子

 

2016年9月5日

 平成26年8月の土石流灾害では広岛県安佐南区八木地区で多くの犠牲者が出ました。今週、学生指导で现地へ行った际に復兴交流馆(名称:モン ドラゴン)で事务局长さんから「黒田ハウス」の话を闻きました。现在広岛カープは优胜に向かって胜ち进んでいますが、エースの黒田投手がまだアメリカにいたときに、土石流灾害がしました。たまたま、広岛に帰ってきたときに、家に流れ込んだ泥の処理を、作业服を着て黙々と行っていたそうです。それに、家主が気がつき、お礼を言った际に、黒田投手は「自分を育て応援してくれた地元広岛でこのような灾害が起こったことに胸を痛めている。何かできないかと思って参加した」と述べ、作业を続けたそうです。その家のことを现地では「黒田ハウス」と呼んでいるそうです。
 家主は、それまで野球には全く兴味が无かったそうですが、そのときからカープファンになったとのことです。黒田投手はその后、日本に帰って再びカープで活跃することになりますが、后に彼はこのときの経験が忘れられなくて、帰ってきた大きな理由の一つであると语っています。
 远くに离れていても、古里はいつも心の中にある事を思い知らされ、胸が热くなりました。
 私を含めて、いつかは地元に帰って何かできることをしたいと考えられる方は多いのではないでしょうか?
 私は、ベイスターズのファンですが、今年だけは黒田投手に优胜の喜びを味合わせてあげたいと感じました。

 ちなみに、「モン ドラゴン」の意味は「モン」は山、ドラゴンはこの地域にはかつて「龙」がいたとの伝説が有り、これは土石流が流れる様を龙の形にたとえたものと考えられています。

 

2016年9月1日

 山口学研究センター长の田中です。
 今回、地域连携全般に係わるブログを立ち上げさせて顶きました。我々の知らない山口の魅力や我々の活动について、きわめて个人的な视点から绍介させて顶きたいと思います。
 2015年山口大学ビジョンにおいて、山口大学は「地域の知の拠点」を目指すことを掲げました。
 本ビジョンを具现化するために、
(1)地域ニーズを把握する
(2)人材を育成、辈出する
(3)大学シーズを発信する
という3つの目标を掲げ、(1)については地域未来创生センターにおいてニーズの把握を行い、(2)においては、山口未来创生人材创成?定着促进事业(颁翱颁+事业)を中心として学生に県内への就职を意识してもらうための活动を行い、(3)については、昨年12月に设置された山口学研究センターにおいてプロジェクト研究を推进しております。
 山口大学は9学部を抱える総合大学です。山口学研究センターではその総合力を発挥し、文理融合の视点から、山口の自然、文化、歴史、产业、観光などに関する课题解决を行うとともに、山口の知られざる魅力を、学问的に解き明かしていく事を目的として设置し、现在5つのプロジェクトが活动しております。

 

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